メディアグランプリ

見えない声に耳をすます


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:松本信子(ライティング・ゼミ6月コース)
 
 
 
「ここは子ども食堂ということを隠して開かれた場所なのです」
近鉄生駒駅のすぐそばにある『まほうのだがしや チロル堂』でのイベントに参加した際に、経営者が語った言葉が耳に残った。
私はすぐに疑問に思い「なぜなのでしょうか?」と問いかけた。
「ここを子供食堂という名前にしたら、誰もがここは事情があって食事が難しい家庭の子供がくる場所だなって思うでしょう。そしてここに来たいなあと思う子供たちが、そういう家庭の子供だって思われる。そうなると、行くことをためらってしまう子供たちがいるからです」と説明があった。
寄付を『チロル』と呼び、一日一回だけ、子供が100円で回せるガチャから出る木札で、100円以上のカレーを食べたり、友達とシェアできる仕組みだ。支援は魔法のように子供たちを見守っている。
なるほどと思った。
表立って助けを求めることができない子供たちに対して、見えない形で支援が届けられているのだ。
支援する組織として、明確にそれを明示していることは決して間違いではない。
しかし、その立場を曖昧にすることによって、言葉にならない声を拾い上げている仕組みが温かくて心に沁みた。
 
チロル堂が子供たちの見えない気持ちに寄り添い、穏やかに支援を続けているように、障害を持つ人も声にならない気持ちで生活を送っている場合がある。
 
例えば、私の友人の話だ。
彼女は、車椅子を使ってよく外出していたのだが、めっきり外出しなくなっていた。
「いやあ、外に行けば、いい人ばっかりで私が車椅子をこいでいると、たくさん声をかけてもらえるのよ。私も長い間車椅子生活をしているでしょう。だから大概のことは自分でできるんだけど。せっかく声をかけて頂いたから、頭さげて『どうもありがとうございます』って言っていたら、なんか疲れちゃってね。自分でできますから!って言うと、悪いかなと思ったりして……」
 
確かに、助けたい一心で、皆声をかけてくれたのだろう。
彼女もそれは十分理解しているが、疲れてしまったのだ。
彼女は感謝の言葉を述べながら、見えない重圧を感じていたのだ。
 
「それにね。障害者っていうのは、いつも一生懸命、障害と戦って生きていると思われているのも負担でね。外でちょっと羽目を外したいなあと思っても、そんなことしたら『障害者のくせに』って言われそうで。そんなこと考えたら、外に出づらくなってしまったの」
確かに。誰だって羽目を外したい時があるだろう。
毎日、品行方正ではいられないのだ。
声にしづらい気持ちが伝わってきた。
障害者だからといって助けてあげればいいってものじゃない。
だからと言って声をかけないのがいいのでもない。
当人の気持ちもある。
 
こんな風に、人には複雑な思いがあり、声にしづらい気持があったりもする。
それは、以前、学校でいじめられていた男子生徒のことを思い出すことにも繋がった。
 
それは子供の通う中学校での話だった。
支援学級の男子生徒が、普通学級の生徒から日常的にいじめに遭っていることが分かった。
彼の体には、ひどいあざが複数残っていた。
しかし、それ以上に彼を苦しめていたのは、誰も彼に話しかけてくれる友人がいないということだった。
「誰も僕に話しかけてくれる人は居なかった。叩かれたり、ひどいことをされたけど、一緒にいてくれるのは彼だけだった。楽しいこともあったんだよ。僕のたった一人の友達だったんだ。だから、他の人に言わないで! 先生に言ったら、彼と遊べなくなってしまう!」と泣いて母親に懇願したという。
自分に暴力をふるった相手を友人と言ったこの男子生徒の気持ちを思うと心が痛んだ。
彼は、心の奥底から誰かと繋がっていたかったのだろう。
彼の悲痛な叫びは誰にも届くことのない声だったのだ。
 
月並みだが、今の風潮として、何事も明確に、端的に、白黒はっきり、それが一番。
という考え方が、があまりにも一般化している気がしている。
果たしてそれが本当に生活を豊かにしているのかと考えると、それは、正直疑問である。
人の気持ちは複雑で、時と場合により変化するものだからだ。
支援する側、支援される側や、人との繋がりはもっと曖昧な方がいいのではないか。
社会があまりに白黒はっきりしすぎると、少しでもそれから外れた人の居場所がなくなってしまう。
 
例えばチロル堂のように緩やかに支え合う場所が、街のあちこちに増えればどうだろう。
そこは社会弱者と呼ばれる障害者や子供たちだけではなく、どんな人も抱えている悩みや困りごとをもって気軽に立ちることができる。
自分をさらけ出さなくても、温かく迎え入れられる場所。
それは、昔の日本家屋にあった縁側のような場所だ。
家の中でもなく、外でもなく、ちょっと腰かけて座って話す程度のもの。
そういう場所であれば、見えなかった他人を身近に感じることができる。
そして自然に優しい気持ちになれる。
そんな曖昧な場所が実は一番必要なのではないか。
 
支え合う関係は、時と場合によって微妙に入れ替わる。
そのために、まず自身の思い込みや常識を一度捨てよう。
誰もが、多様な価値観の中で生きている社会なのだ。
少しの思いやりと優しい心を持って、自分と同じように他人に目を向けることができればそこには穏やかに支え合う豊かな社会が広がっていくと思う。
 
見えない声は、私の身近なところにも存在する。
ふとベランダに目をやると、夫が夕方の空を見上げていた。
彼は40代の働き盛りに脳出血で倒れて、生き残ったのも奇跡ではあったが、代償として多くの障害を持つ特別障害者となってしまったのである。
彼も私もそして子供たちも、その状況を冷静に受け入れるために数年の月日がかかった。
彼は、体だけでなく脳の機能障害もあるが、元の感情も十分持ち合わせている。
少し背中が寂しそうだった。
重度の障害を抱え、言葉には出さないけれど、さまざまな思いを抱えているのだろう。
背中がそう語りかけているように見えた。
『見えない声』に耳をすますということは、家族の中でも大切なことだと改めて感じた。
「何考えてるの?」私は何か励まそうと声をかけた。
「そうね、あなたがずっと文章打っているから、いつご飯食べれるのかなって」
そうか……。
やっぱり思いはすれ違っている。
「ごめん。ごめん」
私は即座にパソコンを閉じて夕飯の準備にかかった。
 
 
 
 
***
 
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2024-10-07 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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