父は鮎と心をつかまえた
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記事:コオリヤマ(ライティング・ゼミ9月コース)
「おい、鮎取りにいくぞ」
朝4時。父に起こされた。
父との思い出で強烈に残っていることがある。
小学校3年位の時、父に鮎取りに連れて行って欲しいとお願いしたことだ。
息子からの父へデート申し込みである。
夏になると、父は鮎をたくさん取ってきた。
夏の間、家の冷凍庫は鮎でパンパンであった。父は大工だったが、漁師でもあったのだ。
誰でも取っていいわけじゃないので、魚をとって良い許可を毎年数千円で買っていたと思う。
私は、鮎がそんなに好きじゃなかったため、あまり食べなかったが、父は毎晩のようにその鮎で晩酌していた。
焼いていたのか煮ていたのか覚えていない。不仲な母に出された鮎料理を、ただおいしそうに食べ、焼酎を流し込んでいた。
普段の父は無口である。口を開いたと思ったら注意されることばかりで、正直怖かった。
大工の仕事道具である。ハイエースの音も苦手だった。普通の車と違って、音が鈍くおどろおどろしかった。
酒に酔っては父による突然の勉強会が開かれていた。よく泣きながら、その日の宿題を酔っ払いの前でやったものだ。
そんな父にお願いしてまで、鮎取りに行ってみたいと思ったのは鮎取りの道具に興味を持っていたからである。
嫌いだった人が、ひとつのきっかけで気になる存在になっていたのだ。
鮎取り道具は投網。父が1人で鮎取りに行ったあと、よく家の庭で干されていた。網の下にはたくさんの重石がジャラジャラついていて、なんだか面白そうである。
鮎を入れるカゴ。竹でできていたが、だいぶ年季が入っており子供心をくすぐった。
私の実家は築100年を超えているが、もしかしたら先祖代々受け継がれてきたカゴなのかもしれない。それぐらい年代ものだった。
好奇心旺盛な小学生は気になってしょうがない。
さて、小学生と言うのは、環境の変化にダメージを受けやすい。
父に起こされたのはいいが、なにせ、いつも朝7時に起きていた私が朝4時に起きるという、とんでもない変化があったのだ。体が受け付けなかった。
自分で行きたいと言ったのだが、朝の4時は体に石が乗っかっているごとく、気だるかった。
しかし、父は息子とのデートを成功させるために、もう準備万端。
投網と、カゴはもう用意されていた。
デート相手をがっかりさせないため、石をかかえたまま私は起きた。
いざ出発である。出発といっても、徒歩5分の川である。
住んでいるのは、ド田舎。鮎を取る川はほぼ整備されておらず、ド田舎らしい川だ。
夏の朝は、なんとも涼しい。いやちょっと寒い。青白い雰囲気が漂っている。
もうすでに帰りたい。
田んぼの横道を歩き、川へ降りる。
ジャブジャブ
いきなり父は、冷たそうな朝の川にどんどん入っていく。
引くわー。
いいとこ見せたいのだな。きっと。
私はとても入る気にはなれない。
叩き起こされた気だるさ、夏の朝の肌寒さ。
もはや、私は鮎取りに興味を失っていた。
疲れ果てたガールフレンドのように。
ジャバジャバと川を行く、父を少し白けた目で見ていた。
父が網を投げた、瞬間、時が止まるとはこのことである。
投網は、くもの巣のような綺麗な円を描いた。
ザバーン
網が着水した。
正直、父の投網の腕はわからないが、小学生の僕には神秘的な光景だった。
はじめてみる光景でも想像できてしまうと、感動などしないが、父がこんなに綺麗な投網をするなどと誰が想像できただろう。父の技に釘付けになった。
とにかく強烈に記憶に残っている。
しばらくすると、父は網を少しずつたぐり寄せる。
すると、キラキラしたものがうっすら見えてくる。
静かな興奮が私を包む。
数匹の鮎である。
あの父の晩酌に、かかせない鮎。
お前ここにおったんか。
父は鮎を網から丁寧にはずしながら、さらに網をたぐり寄せる。
なれた手つきで。
気だるさは吹き飛び、興奮が目を覚まさせている。
父が、とれたての鮎を見せてくれた。
キラキラしていて活きがよい。
川で遊んでいたとき見ていた鮎の数倍輝いている。
あの冷凍庫パンパンの鮎とは全く違う。
なんというか、生きている。実際に、生きている。
たった一投で、父は小学生の心までつかまえてしまったのだ。
デートは成功である。
スタートが最悪なデートも心打つイベントが発生すれば、終わりよければすべてよしなのだ。
私を見て父は満足そうにしていた。
そんな時でもあまり笑顔ではなかったが。
無口な父は、きっと子供との付き合い方がわからなかったように思う。
だから酒のチカラを借りて子供の勉強を見るというバッドコミュニケーションを繰り広げていたのだろう。
私も子供持つことになったら、うまくコミュニケーション取れるだろうか。
初めてのことだし、きっと、うまくいかないな。
よし。
父に今度、鮎取りを教えてもらおう。
***
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