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コンサバ系の彼女


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記事:あき(ライティング・ゼミ9月コース)
 
 

高校生の姪が留学することになった。マレーシアに9ヶ月ホームステイしながら、現地の学校に通うらしい。そう姉から聞いた時、私は思わず「本当?」と聞き返してしまった。なぜって、姪はとてもコンサバだからだ。
 
赤ちゃんの時からそうだった。母親以外の人間を泣いて嫌がるので、抱っこをしてあげた記憶がほぼない。小学校に入って、やっと手を繋いでくれるようになった。新しいことにはとにかく警戒心が強く、安心できるもの以外は受け入れない。旅行には、今でも保育園の頃から手放さないボロボロのタオルケットを欠かさないほど、安心できるもの以外は受け入れない。
 
そんな彼女に、一体何があったのか。外国で、しかも赤の他人の家族の一員として暮らすなんて出来るんだろうか。ひょっとして、ホームステイが何だか理解していないのでは。
 
これは本人に聞くのが速いと考え、姉の家に行った。
 
「留学に行くんだって?」
 
彼女はソファーに寝そべり、例のタオルケットを抱きしめたまま、まるでディズニーランドに行くんだよとでも言うように、軽く「そうだよ〜」と答える。
 
「なんでマレーシアに?」
「いや、マレーシアに行きたかった訳じゃないよ」
 
説明によると、どうやら試験らしきものがあり、結果によって行き先が決まるらしい。彼女の第1希望は行ったことのあるオーストリアだったが、マレーシアなら行けるということらしい。行ったことのないところに行くなんてよっぽどだ。理由を聞くと、
 
「今の学校が嫌だから」
 
と驚きの答えが返ってきた。好きな先生もいるし、クラブ活動も熱心にやっている様子なのに、一体どういうことか。というか、それって留学という名の海外逃亡では?
 
よくよく聞いていくと、クラスの友人関係がかなりややこしいことになっていて、まあ逃亡したくなるのもわからなくはないなという気持ちも湧いてきた。子供の世界の複雑さは、「元」子供の私にもわからなくはない。でも、デジタルネイティブたちは、昭和の子供達とは全く異質の、信じられないくらい複雑な世界を生きている。外国だって、割と気軽に行ける場所になっている。
 
今の時代、そんな留学もありかなと、理由の追求はやめることにした。
 
マレーシアで何がしたいかという質問には、「まだわかんない」の答え。じゃあ心配なことは? と聞いてみたら、「辛いもの食べられないんだよね」と笑いながら肩をすくめてみせた。
 
しつこく、1年後留学から帰ってくる時どんな自分になっていたい? と聞いてみたら、英語は話せるようになっていたいかなと答えた後、
 
「音楽は続けたいな」
 
と真面目な声で言った。
 
その返事で思い出したことがあって、質問攻めを終わりにした。
 
思い出したのは、コンサバでない、積極的な彼女だ。
 
自分の姉がやっていたからという消極的な理由で、小学校の時にトランペットを始めた彼女は、中学校で管弦楽部に入った。姉が飽きてほったらかしにしていたトランペットを、コツコツ練習し、ソロパートを任されるくらいに、上手に吹けるようになったのだ。そのうちバンドを組んで今度はドラムを習い始めた。そして、最近ベースにも手を出したらしい。仲間と音を合わせて音楽を作り出すことをいつも楽しんでいる。音楽だけは、彼女の慎重さを打ち破るものだった。トランペットの音色が少しづつ自信に満ちて、誰かと演奏することを心から楽しむ彼女の姿も、私は見てきた。
 
そんな彼女を見ていると、音楽は世界の共通言語というが、間違いなく当たっていると思う。知らない国で、知らない人たちに囲まれていても、楽器を弾ければ人が集まってくる。ヨーロッパの駅などで、誰でも弾けるように、ピアノが置いてあるのを見たことがある。自然と人が足を止め、曲に合わせて踊る子供や、曲のリクエストをする人、一緒にやろうと自分の楽器を演奏する人などで、いとも簡単に見知らぬ人たちが仲良くなるのを何度も見た。実際、そのことを知っていたかどうかはわからないが、学校のプログラムでオーストラリアに短期留学した時、彼女は重いと文句を言いながらも、トランペットを担いで飛行機に乗ったのだ。
 
私に見せる甘ったれた末っ子の顔の裏で、着々と成長していた彼女。コンサバな一面を持ちながらも、音楽を通じで自分を表現することを学んだ彼女は、着実に自分の世界を広げている最中なのだ。慎重さと大胆さが同居する彼女だからこそ、留学の決断も自然な成り行きだったのだろう。心配は要らない。
 
そうだ、最後の質問。タオルケットはどうするの? ニヤリと尋ねる私に、当然でしょ、という顔で
 
「持っていくよ」
 
と彼女が答える。
 
あれを?! ホントに? と、聞いておきながら動揺する私に、いや、これくらいの大きさに切って持って行くと、手でフェイスタオルの大きさを作って見せた。
 
たくましく挑戦を続け成長する姿の中に、コンサバな彼女がこうして顔を覗かせる。ティーンエイジャーの不安定さが微笑ましくて、そかそか、なら安心だね。行ってらっしゃい、と心から送り出せる気持ちになった。
 
その夜、買ったままでほったらかしにしていたウクレレをケースから出して、チューニングした。ついでに、本棚で埃をかぶっていた楽譜もひっぱりだしてくる。
 
彼女の成長に触発され、私も何か新しいことに挑戦しようと思った。彼女が帰ってくるまでに、私も少しでも成長していたい。そう願いながら、ウクレレの弦をそっと押さえた。
 
1年後、ふたりでどんな音楽を奏でることができるだろう。想像すると胸が高鳴った。

 
 
 
 
***
 
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2024-10-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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