メディアグランプリ

ダンボールの中の宝物

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:大塚 久(ライティング・ゼミ9月コース)
 
 

「こんなつもりじゃなかったのに」。
 
ただの散歩のついでに、ふらっと寄るくらいのつもりだった。近くの市民センターで開催される古本市。欲しい本も特にないし、軽く見ていたのだが、まさかこんなことになるとは思いもしなかった。
古本市は朝10時から午後2時まで。少し早めの9時半ごろに市民センターの前を通りかかると、予想に反して、すでに長い列が入り口から伸びていた。見渡す限り、老若男女、様々な人々が列を作っている。「こんなに並ぶものなのか」と驚きながら、僕は少し戸惑いながらも列に加わった。入口の脇では、年配の男性が「どうぞー」とダンボールを次々と手渡している。役員だろうか、どうやらこのダンボールは買い物かごの代わりらしい。無造作に渡されるダンボールが、この場の熱気を象徴しているかのようだった。
 
僕は特に大量に本を買うつもりもなく、さっきも言ったように、特別に欲しい本があるわけでもないので、ダンボールは断って会場に入った。しかし、張り紙に書かれた「本の購入は一人50冊まで」の文言に思わず笑ってしまった。「50冊も買う人がいるのか?」と心の中で軽く突っ込みを入れつつ、ざっと会場内を見回す。新書、ハードカバー、文庫本、漫画、絵本と、ジャンルごとに仕分けられた無数の本たちが先ほどのダンボールと同じような箱に並べられていた。だが、著者順やタイトル順に整理されていないため、欲しい本を見つけるには根気よく探さなければならないようだった。正直、面倒だなと思った。
 
それでも、ダンボールに無造作に並べられた本たちを眺めるうちに、僕の中の意識が少しずつ変わっていった。目に飛び込んでくるのは、ふとしたタイミングで欲しいと思っていた本や、過去に一度は手に取ったが買わなかった本だった。「あれ、これ欲しかったやつだ」「こないだ買ったばかりの本がここにもある」「この本は悦子が好きそうなやつだな」と、思わぬ発見に心が踊る。普段なら、ネットでレビューを確認したり、ジャンルや作家名で絞り込んで選ぶのが常だが、ここではそのような基準が通用しない。この無秩序さが、逆に本たちの魅力を引き出していた。
 
文庫本が1冊50円という破格の価格設定も手伝って、気づけば片手では持ちきれないほどの本を手に取っていた。ダンボールの必要性を感じて、先ほど断ったことを少し後悔しつつ、入り口に戻ってダンボールを受け取った。そして再び、会場内をゆっくりと回り始める。すると、不思議なことに、最初は見えなかった本たちが次々と目に飛び込んでくる。普段なら全く興味を引かないジャンルの本が、なぜか気になり始め、手が勝手に伸びてしまう。
 
古本市という場が、日常では決して手に取らない本との出会いを演出してくれる。ここに集まった本たちは、まるで僕の選択を待っていたかのように、静かに語りかけてくるのだ。気づけばダンボールは本でいっぱいになっていた。合計で20冊。自分でも驚いた。元々は1、2冊くらいを買えればいいと思っていたのに、完全に想定外の展開だ。家にはまだ読み切れていない本が山積みになっている。それなのに、さらに本を増やしてしまうという矛盾に苦笑する。
 
しかし、不思議と後悔はなかった。むしろ、思いもよらぬ収穫に心が弾んでいた。これだけの本が、近所の市民センターで手に入るとは思ってもみなかったことが、喜びにつながっていたのだ。それに、この本たちは地域の誰かが読んで手放したものだ。誰かの時間を共にした本が、今、自分の手元にある。それが何とも言えない温かさを感じさせる。まるで、見知らぬ誰かと本を通じて交流しているかのようだった。
 
ふと会場を見渡すと、親子連れや一人で訪れている大人たちが、みなダンボールいっぱいに本を詰め込んでいる。新刊本が売れなくなったと言われる昨今、この古本市には、本を求める多くの人々が集まっていた。その光景を見て、僕は少しだけ嬉しくなった。人々が本に向ける思いは、時代を越えても消えていないのだ。
 
ダンボールを抱え、会場を後にする。重い。だが、その重さは決して嫌なものではなく、むしろ心地よいものであった。これからどんな物語と出会うのか、どんな新しい世界が僕の日常に入り込んでくるのか。その期待感が胸の中で膨らんでいく。今日、ただふらっと訪れただけのはずが、思いもよらない形で心が満たされた。家に帰って、この本たちをゆっくりと開く時間が待っている。自然と笑みがこぼれた。
 
古本市での出会いが、僕の生活にどんな新しい風を運んでくれるのだろう。少し先の未来を想像しながら、僕はゆっくりと帰路についた。

 
 
 
 
***
 
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2024-10-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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