カスハラ・クレイマーにあらず
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:punneko(ライティング・ゼミ9月コース)
「Excusez-moi,Excusez-moi, Madame
(エクスキューズモワマダム)」
彼女が、女性のホールスタッフを呼び止めた。
「このアイスティー、味が薄いです」
フランス語と英語を混ぜながら、
私の前にあるアイスティーを指し示す。
呼び止められたスタッフは、
オーダーが違っていたということか、
と聞き返す。
「いいえ、この紅茶の味が、薄いの」
毅然と彼女が繰り返す。
少々お待ちくださいとスタッフが言い、
店の奥で紅茶を入れている男性に話しかけている。
パリにある老舗の紅茶専門店。
ここでは「ティエ」と呼ばれる、
紅茶の知識や提供の技術に熟練した専門家が
顧客に紅茶を提供していて
男性はその「ティエ」であると思われた。
「紅茶になにか、問題が?」
こちらに近づいてきて、
丁寧に尋ねる。
すると彼女が再度、
「このアイスティーの味が薄いです」
「好みの問題ですか」
「いいえ。私はこの紅茶の味を知っているけれど、
このアイスティーは味が薄い。
Totally different(トータリーディファレント)」
完全に別物である、
と最後に英語で締めた彼女の声が
凛と響いた。
ティエは、煎れなおしてきます、と
グラスに入ったアイスティーをすっと
下げた。
嫌な感じではなく、淡々と。
そもそも、
紅茶の味がしない……と呟いたのは私だった。
注文したアイスティーは、
香りもなく、まるで水のようだった。
パリの有名な老舗店で
紅茶を飲む、という
憧れの思い出になるはずが
少し残念だな、と思いながら
まあこんなこともあるよね、
と思っていたのだけれど。
彼女は
ちょっと飲ませて、
と自分のストローで私の紅茶を味見して
眉をひそめ、
「確かに全然味がしない」と。
「あ、でも大丈夫」
といった私に、
「大丈夫、じゃないよ。ちゃんと伝えよう」
と彼女が言い
冒頭のシーンとなったのだった。
交渉を終えた彼女は、
唖然としてる私を見て
にこっと笑い、
「こうやってちゃんと伝えることは、
相手のためにもなるのよ。
向こうはプロなんだから、
自分のサービスを見直すきっかけにもなるし
いやな気持ちになるお客さんが減るのは
お店にとってもいいことでしょう?」と。
私は、
初めて自分の「思い込み」に気づかされた。
伝えることは、
相手を、
そして周囲を不快にさせること、
という「思い込み」である。
遠慮することが美徳、と信じて育った私には
伝えないことのほうが悪、
という視点はなかった。
「クレーマーって思われても嫌だし」
「私がちょっと我慢すれば」
と思ってしまうことを、
彼女はお店の人にとても丁寧に、
真摯に伝える。
だからお店の方も、
プロとして対応してくれようとする。
「クレーマー」
「カスハラ」
という嫌な感じの終わりではなく、
確かにお店の方にとっても
今後の改善になるだろう、という
明るい希望が見える。
今年パリに旅行した際に
知人から紹介されて出会った、
海外生活の長い彼女。
彼女を観察していると、
ともすると
クレームみたいになりがちな訴えが
なぜそうならないのかがわかる。
普段からお店の方との会話を楽しみながら、
敵じゃない、仲間だよと
全身で伝えている。
そんな雰囲気をまとったまま
「これは違うと思うな」と伝えるから
相手も身構えることなく対応してくれる。
最も大きなポイントは、
「だから交換してください。
値引きしてください。
やり直してください」
と自分から言わないことだと
彼女を見ていて感じる。
対応は、相手に考えてもらう。
だから相手も、
無理やりやらされた不快感がない。
そして相手から提示された対応法を、
ありがとう! と彼女は笑顔で受け取る。
結局紅茶は、
ティエが忙しかったのか
なかなか出てこなくて、
「煎れ直してくれるって言っていただいたのだけれど
次の予定に間に合わなそうだから煎れ直さなくていい」
と伝えた。
お会計からは、
そのアイスティーの代金が引かれていた。
紅茶の味よりも、
一連のことが良い思い出として
記憶に刻まれている。
紅茶の味がしなかったな、
という思い出だけだったら
私は日本にも支店のあるその老舗店に、
二度と行かなかっただろうなとも思う。
帰国してから、
私はちょっと面倒だな、と思うことでも
伝えてみるようになった。
ホテルやレストランで、
ウェルカムスイーツや
子どもへのおもちゃのプレゼントなど、
メニューに書かれていたサービスが
提供されていないときも、
勇気を出して伝えて
快く対応してもらえるようになった。
もちろん、私からは必ず
満面の笑みで御礼を伝えて。
もやもやした気持ちを
そのまま抑え込むのではなく伝えることで、
またそこに行きたい、
誰かに紹介したいという気持ちが
強くなるのを実感した。
もともと享受できる予定だったサービスを
受け取っているだけなのだけれど
私も家族もHappyだし、
私が伝えたことで、私のあとに
そのサービスを受ける人にもHappyが訪れて
結果的にその場所のファンが増えて
私も含めてリピーターやうわさを聞いた人が
訪れるきっかけになったら
さらに
Happyが循環していくと信じて
チャレンジ中である。
伝えることは、
クレームにあらず。
伝えることは、
愛であると信じて。
***
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