ヨガと写経で、夢も希望も失った話
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:町田郁(ライティング・ゼミ9月コース)
「かなえたい夢は何ですか・」
その問に、私はこう答えていた。
「特にない」
その日私は、近所の寺で開かれるヨガと写経の会に出席していた。季節ごとに開かれるこの会を、私は楽しみにしていた。ヨガは毎回行われる、写経は座禅と交互にプログラムされる。忙しく、同じことの繰り返しの日常から離れ、リフレッシュできるひと時だ。
会場である寺に着くと、もう参加者がだいぶ集まっていた。初めましての顔、おなじみの顔、男性の参加者がいることもあるが、今日は女性ばかりだった。
ヨガマットを自分で選んだ場所に敷く。ここが今日の、自分のスペースだ。寺の本堂は空気が清浄で気持ちのいい空間だ。講座がはじまるまで、これからの時間を楽しみに待ちながら。マットの上で思い思いに体をほぐしたり、目を閉じて自分との対話をしたりして過ごす。
やがて開始時間になり、まずはヨガからスタートだ。先生の誘導でまずは簡単な動きから、やがてちょっと難易度の高いポーズへと誘われる。時折笑いも起こる和やかな雰囲気の中、身体が活性化しているのがわかる。
「チャリーン」
と、表で音がする。お賽銭が納められる音だ。参拝している人は、まさか中でヨガの実践中などとは夢にも思うまい。それを想像して、ちょっと可笑しくなる。
「呼吸を続けて」
「止めないで」
先生の指示で、気づかずに止めていた呼吸に戻る。身体の中に空気が入ってくる。それによって肺の中だけでなく、筋肉にもスペースができる気がする。普段は使わない筋肉を存分に動かして心地よい疲労を感じたところで、シャバーサナに入る。シャバーサナとは、日本語で屍のポーズという。ヨガの最後に行われるポーズで、目を閉じて仰向けに寝ているだけなのだが、リラックス効果抜群なのだ。あまりの気持ちよさに寝落ちすることもしばしば、終わった後は生まれ変わったようにすっきりする。このためにヨガをやっているといっても過言ではない。
この日も、終わりの合図が恨めしいほど気持ちよく死んで? いた。
ヨガの部が終わり、休憩をはさんで写経の部。写経には初心者用に写経用紙というものがある。文字を反転させ鏡文字にした般若心経が、用紙の反対の面に透けて見える。それの文字を筆ペンやサインペンでなぞっていく。つまりトレースである。鏡文字なので反対から見ると正しい文字に見えるというわけだ。準備をし、呼吸を整え、文字を書く。書いてあるものをなぞるだけなのに、なぜか自分の字になってしまう。知っているはずの漢字が別の字に見えてしまう。人のことが気になり、ちらちらと隣の人の用紙を盗み見してしまう。私は書くのが遅く、時間内に最後まで仕上げたことがないのだ。案の定、今回も進み具合は遅かった。ああ、見なければよかった。シャバーサナで生まれ変わってすっきりしたはずの私がまた、煩悩まみれになっていく。
それでも不思議なことに、書くごとに何も気にならなくなってくる。頭が静まってくる。
途中で呼吸を整えなおし、また書くことに集中する。ヨガの時のように気持ちいい、楽しいというわけではない。もともと私は動くことが好きで、じっと座って何かをするのは少し苦手だ。その苦手な気持ちが消え、フラットな状態になった。
「終わったら、願い事を書いてください」
用紙の最後に、「祈願」「敬写」と書いてある。「祈願」には願い事を四字熟語で「敬写」には自分の名前を書く。
「全部書き終わらなくてもいいですよ」
との声に数行を残し願い事を書こうとした。が、思いつかない。いや、考えようともしていなかった。結局「祈願」は空白のままで、名前と日付を入れた。
「あれ? 願い事は?」
先生に聞かれ、私はこう答えていた。
「うん、特にないみたい」
その時、私の心は私の「祈願」の欄と同じ、空白だった。とても自由な空白だった。
「いいですね」
先生にそう言葉をかけられた。
書き終わった写経を寺に納め、次回の再会を約束して帰路についた。歩きながら私は、今までになかった心地よさを感じていた。一切の望みを持っていない、ということは、あらゆる価値観から自由だということだった。その、手にしたばかりの自由とともにただ歩いていた。そして私はすでに知っていた。この自由をすぐに手放して、日々かなえたい望みを、一生を賭ける夢を追いかけていくことを。
ヨガでは呼吸を大切にする。
「呼吸を止めない」
とよく言われる。この日に感じた望みを持たない状態も、すぐに来るだろう望みに駆られて疾走する状態も呼吸のように繰り返すのだ。おそらく生きている間ずっと。息を吐いて、望みを持たず、息を吸って、夢を追う。
私は来年、還暦を迎える。まだまだ元気とはいえ、一生を終えるときが近づいているのは否が応でも実感するようになった。同年代の友達ともそんな話をよくする。どう死ぬか、残りの時間をどう生きるか、その時まで呼吸を止めない。大きく息を吸って、最後に一息大きく吐いて、天に還るその時まで。
***
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