忘れられない”忘れていた”面談―対話が紡ぐ人生の岐路で―
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:神田道雄(ライティング・ゼミ9月コース)
「あれ? 先日も来て下さいましたよね?」
少し驚いた様子で私は質問を切り出した。
「はい、この前神田さんに担当してもらいました」
彼はニコッと答えた。
私は少し戸惑った。同じ方が再度訪れるのは珍しいからだ。書類の不備か、手続きの問題だろうか?
答えはすぐに返ってきた。
「実はあの面談の後、気持ちが前向きになって、神田さんのアドバイスの通り上司と腹を割って話をしました。そこで会社が私に管理職の役割を期待していることがわかり、研修コースを変えることになりました。道が開けた感じです」
なるほど。受講コースの変更だったか。手続のために、また予約をとって面談に来てくれたのか。
来談の理由はわかった。でもまだ問題は残っている。私が彼とどのような話をしたか覚えていないことだ。どんな経歴で、どんな人柄で、どんなアドバイスをしたのか正確に覚えていないのだ・・・・・・。
ここでひと言断っておく。私の記憶力が悪いのではない。適当に仕事をしているわけではない。薄情なわけでもない。ただ単に毎日多くの方の面談をしているため、すべての方の個人情報を記憶しておくことが困難なのだ。
私は公的機関でキャリアコンサルティングを行っている。
国家資格キャリアコンサルタントの資格を有した専門職として、厚生労働省が推奨するジョブ・カードを活用し、相談者のキャリアの棚卸しとリスキリング支援を行っている。一人あたり60分の時間をかけて話を聞いていく。
「60分も何の話をするの?」
驚く人も多いのではないだろうか。実際のところ、キャリアコンサルティングを知らない人は多いためイメージがわかないはずだ。
また相談者からすると、この面談は受けたくて受けに来るものではない。規則として受けなければならないから受けるのだ。楽しみに来る人はいないし、わけもわからずとにかく行くように言われたから来ました、という人がほとんどだ。
ある意味マイナスイメージ、期待値ゼロからはじまる私のキャリアコンサルティング。「求められているわけじゃないのに、60分もの時間をかけて話を聞くことに意味はあるのだろうか……」この仕事を始めた当初は、私自身のモチベーションを保つ難しさがあったことは否めない。
時期によってばらつきはあるものの、日に2,3人、月に2~30人の人と面談している。そのため1週間も過ぎるとその方の情報は薄れていくのだ。
「すごい行動力ですね」
私は答えた。
目の前の彼にどんな話をしたかは覚えていないものの、ここでの面談を経て上司に相談し、決めていたコースの変更に動いた決断と行動力は賞賛に値すると感じたのだ。
「迷いましたが、書類提出後も神田さんの言葉が心に残り、上司に相談する決心がつきました。実際に思い切って話をしてみてよかったです。会社が期待してくれていること、そのために必要なことをしっかりと認識できました」と、状況を説明してくれた。
話を聞くうちに、私の記憶も徐々に蘇ってきた。キャリアの違和感が特に印象的だった。
彼は定年まで10年をきって、新たに介護の分野に飛び込むことを決意した。現在は介護施設で仕事に取り組んでいる。介護福祉士の資格取得条件には3年間の実務経験が必要である。この3年間を有効活用するために同時に社会福祉士の資格取得を目指すとのことだった。ゆっくりしている時間はない。残り少ない職業人生を全力で過ごす熱意と覚悟を語ってくれた。
しかし、話を聞いていると、目指すキャリアとこれから取り組むことに違和感を覚えた。少なくとも最短ルートではない。間違いではないが、他にも選択肢がある。自分の思い描くキャリアと会社側が求めるキャリアにギャップがありそうだ。話を聞いて把握した彼の人柄、強み、価値観からすると、もっと輝ける道筋があると思えた。
キャリアコンサルティング面談は、学習歴から職歴、今後のキャリア形成に必要なことを聞いていく。私の質問をもとに、相談者が過去の自身の決断のきっかけや背景、当時の状況や得られた知識や経験を振り返ることで、自身の傾向や決断のくせなどを内省していくのだ。
それを踏まえ、相談者はこれからのキャリアを見つめ直していく。大切にしたい価値観や興味、将来目指す仕事や働き方、強みと弱み、そして今後の目標を具体化していくのだ。
「支えてくれた人たちに本当に感謝です」
「こんな強みが自分にあるなんて驚きました」
「これまでずっと努力してきたんだな、と実感しました」
新しい自分自身への気づきを喜ぶ方は多い。
聞き手側であるキャリアコンサルタントは、単に情報として聞くのではない。そう思う背景や価値観の明確にする問いかけを行い、時には発言を要約して返すこともある。思考のきっかけとなるような呼び水の言葉をかけ、発言に矛盾があれば疑問として問いかけ、思考を深みへと誘っていく。
相談者の立場に寄り添うだけでもいけない。時には組織側の視点や労働市場をベースとしが関わりも必要である。自分視点だけでなく、他者視点を知る事は、相談者の視野を広くし、結果的に合理的、納得度の高い決断につながっていく。
彼の熱意を受けたうえで、私の感じたことを伝えた。内容の詳細は覚えていない。ただ目の前の相談者の役にたつことだけを考え、全身全霊で関わったことだけは自信を持って言える。
「お礼の意味も込めて、今日は来ました」
帰り際に彼は私に対してそう述べてくれた。穏やかでありつつ、決意が固まった表情だった。胸が熱くなり、言葉が一瞬詰まった。波紋が水面に広がるように嬉しさが込みあげてきた。
「決まりだから来る?」「わけもわからず面談に訪れる?」そんなのどうでもいい。帰る時にニコッと笑ってもらえれば、なんとなくいい時間だと思ってもらえれば、それでいい。私が目の前の相談者に全力で関われたと自信をもって言えるならば、それでいい。
笑顔になってもらうこと、それが私の仕事。
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