メディアグランプリ

咬み傷も引っ掻き傷も愛おしいと思えないなら、飼うな。命と向き合うということ。


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記事:齋藤 桃乃(ライティング・ゼミ9月コース)
 
 
「もう、いい加減にして!」
 
私は子犬を投げた。
心ではもう投げていた。実際は、わたしの人間としての何かが私の手を止めたから、子犬は無傷で済んだ。
 
コロナ禍以降でのペットブーム。ペットショップで扱われる犬や猫の値段が上がった裏側では、経済状況の変化や安易にペットを迎え入れたが故に世話しきれずに里親に出す事例もあったという。
 
私は長年犬を飼うことが夢で、3年前の結婚を機に妊活をする前に犬が欲しいという要望をパートナーが理解をしてくれて、犬を迎えた。名前はコッペ。私の息子のように育てている。
ウェルシュ・コーギー・ペンブロークという犬種の犬だ。古くから牧羊犬として扱われてきただけあってとても活発で、ファンの中では「コーギースマイル」と呼ばれ愛される、にこやかな表情がこの犬種の特徴である。
 
コッペは茨城県にあるコーギー専門のブリーダーの元で生まれた。黒い毛が綺麗なお母さんと、キリッとしたハンサムな顔立ちのお父さんの間に生まれ、お母さんにとっては初めての子犬だった。お母さんは帝王切開で5頭きょうだいを産んだ。コッペは5頭きょうだいのなかで一番身体が大きく、小さな時から甘えん坊でお母さんにずっとついて回っていた。我が家には生後2ヶ月でやってきた。引き渡しの日、お母さんやブリーダーさんはとても寂しそうな顔をしていた。生まれた時からお母さんやブリーダーに愛されて過ごしていたのを知っていたから、私が引き取ることを申し訳なく思う気持ちもあったが、「この子が寿命を全うするまで、健康に生活させるんだ」という覚悟にもなった。
 
コーギーにはファンが多い一方で、一緒に暮らす上で非常に世話が焼ける犬種である。コッペが幼いころ、無駄に吠えることや人の手や足に噛みついてしまうことが多かった。犬からしてみるとそれは本能であり、その行動一つ一つにメッセージがある。人間はその行動ではない方法で、人間に気持ちを伝えてもらえるように教える必要があり、安全に暮らすために、人間と一緒に暮らすためのルールを犬に伝える必要がある。これがいわゆる「しつけ」だ。
 
しかしながら、しつけを行うにも、いくつもの食い違いを乗り越えながらこなす必要がある。
 
コッペは、ご飯を食べることが何よりも大好き。まだ子犬だったある日、おやつが入ったおもちゃで遊んでいたが、おもちゃの狭いところにおやつが詰まって食べられないでいた。私は、「取ってあげるね」と言って手を伸ばした。するとコッペは、怒った顔で私の中指に思いっ切り噛み付いた。慌てて手を引くと、私の指はズタズタになり血が流れている。コッペは何か伝えるように吠えている。
 
「もう、いい加減にしてよ」
 
私の感情もズタズタだった。コッペに意図が伝わらず自分の犬に怪我をさせられてしまった事実、私の軽率な行動にガッカリした。
 
コッペは楽しくおもちゃで遊んでいた。私は親切心でおもちゃに手を伸ばした。その時、コッペは「自分のおもちゃが人間に取られる」と思ったが、私は「もっと楽しく遊べるように助けよう」とした。
 
コッペの気持ちは私にはわからなかったし、コッペも私の意図なんて知るよしもない。彼は犬として生まれて数ヶ月しか経っていない上、いくら声をかけても彼にとって日本語は宇宙語。理解できるわけがないのだ。
 
生後5ヶ月くらいまで、私の生傷が癒えることはなかった。噛みつかれて血が流れる度に、激しく吠えられる度に、私は思いが伝わらないし思うようにいかないことにイライラした。激しく叱った。全てはこの犬が楽しく幸せに暮らしていくためにやっていることなのに。人間のエゴなのか、必要な躾なのか迷うこともあった。そもそも我が家に迎えたことが、人間のエゴか。
 
「こんなに叱ることがあるのならば、犬なんて飼わなければよかったな」
 
コッペが美味しいそうにご飯を食べる姿、私の帰宅を喜ぶ姿、気持ちよさそうに眠る姿……
そんな姿を見て、「たくさん怒ってごめんね」と泣く日もあった。
 
コッペの噛みつき癖も落ち着き、まもなく1歳を迎えようとしていた冬のある日。私がリビングで毛布に包まりながらゴロゴロしていると、コッペがすり寄ってきて私の腕を枕にゴロリと転がった。コッペの意志でこんなゼロ距離になったことはなかった。毛布が暖かそうだと思ったのだろうが、私のこれまでの苦労が報われたような解放感。愛のメッセージが伝わっていたのだと実感した瞬間だった。
 
私たちは幸せな気持ちのまま、そのままリビングで寝落ちた。幸せな寝落ちってこういうことかと思うほどにいい時間だった。
 
人と犬が共に暮らすこととは、お互いの意思疎通をとる方法を模索すること、そして本来はその過程を楽しみ、感動し、言葉では通じ合わない最強の関係性を築くことなのだと思う。
 
だから人間は、犬の気持ちを理解すること、人間の意図を適切に伝える手段を学び、その手段をその犬に合うように伝える、つまりしつけをする必要があるのだ。
 
全ては、人間と犬が楽しく幸せに一緒に暮らすために。
 
世間でよく言われる「犬は可愛いだけでは飼っていけない」という言葉を私がもし言い換えるのであれば、「咬み傷も引っ掻き傷も愛おしいと思えないなら、飼うな」
 
私の母がこの言葉を極めて体現している人間である。彼女にとってコッペは初孫のような存在。よくコッペの世話をしに我が家に遊びに来るのだが
 
「この傷、コッペ君に噛まれた跡なの。やったー」
「スマホをコッペ君のうんこの上に落としちゃったけど、きっと綺麗だと思うわ」
と嬉しそうに話すのだ。
 
母の発言を聞いて正直引いたが、これまでコッペの命と真っ直ぐ向き合ってきてよかったと思う。コッペはもうすぐ2歳。たくさんの人に愛される犬になっている。
 
 
 
 
***

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2024-11-07 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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