メディアグランプリ

非常ボタンを押した女性の美しさ


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:izmy(ライティング・ゼミ9月コース)
 
 

「黄色のエリアの意味、分かってます?!」
駅に響く怒声に、寝不足の私も思わず顔をしかめる。
地元駅の電車を待つ列は、緑のエリアは先発の電車待ち、黄色のエリアは後発の電車を待つ、というルールになっている。しかし、たまに緑の先発列に並んだまま、後発の電車に乗る人もいる。きっとそれだろう。朝の駅は殺気立っている。
 
お目当ての電車は、他の駅での「お客様対応」のため7分遅れで到着した。主要駅のみを停車する急行電車。普段は少し車内に余裕があるが、この日は人口密度が高い。ダイヤが乱れた車内は張り詰めた緊張感が漂う空間になる。
 
走行中も、スピードが出たり急に緩まったり、揺さぶりの大きい運転だった。さらに、停車する駅では2~3分ずつ時間調整のため余分に止まったままとなる。「電車遅延で遅れます」と勤め先にぼそぼそと伝える声が聞こえはじめる。
 
私が乗車してから3つ目の停車駅。ここでも3分停車して、やっとドアが閉まった。しかし、すぐには出発しない。1分くらい経過したところで
「すみません……具合が悪くなったので、降りられませんか……?」
とドア付近から低めのトーンの声が聞こえてきた。
 
どうしたらいい? と車内が狼狽えた空気に変わり、ざわざわする。
「非常ボタン押したほうがいいかしら」「非常ボタンどこ?」ちらほら聞こえる声とともに私も非常ボタンを探した。自分の見える範囲では見当たらない。私は見守ることしかできなさそうだ。
電車がゆっくり動き出した。
「あぁ……動いちゃった」体調が悪いと声を挙げた女性が嘆く。この女性からさらにドアひとつ向こうから「非常ボタン押しますか?」「うん、押していいよ」とやりとりが聞こえた後、「急停車します」と車内アナウンスが流れ、車内の人は前と後ろに大きく揺さぶられ、電車は停止した。
 
「車掌です。どうされましたか?」車内スピーカーから問いかける声。
「具合の悪くなった方がいて、降りたいとのことです」少女のような高めの声が答える。
「どのような症状ですか?」車掌が問いかけると、向こう側のドアから「もう出発しちゃったので、耐えられます。次の駅までがんばります……」と弱々しい声で答える。非常ボタンを押した女性は「次の駅まで耐えられるそうです」と伝言する。
「耐えられそうですか、わかりました。次の駅で駅係員を手配します。何歳くらいの方ですか?」
女性専用車両に乗っているので、性別のヒアリングは省かれているようだが、年齢についても聞かれるのか、と驚いた。次の駅で係員がすぐに駈け寄れるように、ということなのかもしれない。
「私ひとりで電車降りられるので、大丈夫です」向こう側のドアから少し大きめの声が返ってくる。
「おひとりで電車を降りられるので大丈夫です、とのことです」非常ボタンを押した女性は伝え「おさわがせしました」とポツリと添える。
 
「では、このまま次の駅まで出発します。その、具合の悪くなった方は何歳くらいですか?」
 
えっ?! まだ年齢聞きますか?! 
 
「年齢」これは、ある一定程度大人になると微妙な位置づけとなる。
30歳前は、年齢を答えるのに躊躇はなかった。しかし、30代後半になると、「若く見える」も「実年齢以上」も、どこか気まずいものになっていた。私のことをよく知らない人から見た目や声色だけで、「年齢」というラベルで私のことを決めてもらいたくない、という自尊心なのかもしれない。
 
具合の悪い女性の立場を想像すると、年齢が当たっていても外れていても、微妙な気持ちになって、具合の悪さにさらに追い討ちをかけてしまうだろう。
この女性専用車両の中も、大人の女性が多い。「どう答える?」と固唾を呑む空気が流れている。
すると彼女は
「ちょっとその方と離れていて、わかりません」
と答えた。
 
神回答!!
心の中で拍手喝采を送った。自分だったら「声の感じから50代くらいだと思います」なんて言ってしまいそうだもの。
車内にほっとした空気が流れ、誰もが心の中で、非常ボタンを押して対応してくれた感謝を思っていたかもしれない。
 
不確かな情報で勝手に推測せず、だからといって、正しい情報を本人から無理やり引き出そうともせず、相手を思いやった行動ができる彼女の姿勢に感動した。非常ボタンを押すことも勇気がいるし、誰かを助けるのもちょっと覚悟がいる。行動に移せるからこそ、他者を傷つけない適切な言葉選びもできるんだろうな。非常事態ではあったが、表からは見えない内面の真の「美しさ」を見せてもらった気がした。
 
次の駅に停車すると、具合が悪くなった女性は「ありがとうございました」と降りていった。
 
非常ボタンを押した彼女の姿を一度見てみたくて、後ろを振り返り探したが、背を向けた女性が何人も立っていて、分からなかった。
いかん、いかん。見た目は関係なく、もう、彼女が美人であることは、分かっている。内面の美しさのお手本を見せてもらった。自分も同じ場面に出会ったら、同じように行動しよう。
殺伐とした朝の始まりは、「美しさの本質」を学ぶ時間に変わっていた。
 
 
 
 

***

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2024-11-14 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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