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子育ての停滞期には「Shall we ダンス?」と唱えてみる


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:パナ子(ライティング・ゼミ9月コース)

 
 

「やっぱりあなたも、できるようになるまでに少し泣いちゃったりしたの?」
優しい光が差す教室で、先生が静かに語りかける。
 
ピアノの前にちょこんと座った5才の次男は、控えめに頷くと言った。
「すこし、ないた」
 
先生は「うふふ」と笑いながら答えた。
「やっぱりそうなのね? 他のお友達もみんな『なきました』って言ってたわ」
 
(やっぱり、どこもそうなのか)会話に耳を傾けながら、これまで二人でやってきた練習に思いを馳せて私はつい微笑む。他の小さいお友達とその親たちもみんな同じように苦労しながら頑張っているのだと思うとなんだか胸が熱くなった。
 
「できない! できない! できなーーーーーーい!!!!!」
ピアノに突っ伏して泣きわめく5才。
今年、年長クラスになった息子は、ピアノのコンクールに向けて、実力より少しだけ難しい課題曲に挑んでいる最中だった。
 
右手で「ターン」と長く弾き続ける間に、左手で「タン タン」と弾く。
大人からしたらこの何でもないような簡単な動きが、息子にはとても難しく感じるようだった。どうしても右手に左手がつられるのだ。
 
そこから二人の特訓が始まった。
夕方頃、毎日ピアノに向かう。「ターン&タンタン」がいまだ成功していないことが気に入らないのか椅子に座りたがらない5才。冒頭からやる気はない。
 
それでも本番を二ヶ月後に控えてやらないわけにはいかず、私は着席を促す。
「少しだけでも弾いてみようか」
 
渋々弾き出してみるものの、なかなかうまくいかない。
頑張ろうとしているのだが、弾けない自分に苛立ちをつのらせ始める。
「あぁん! もう! できない!!」
両手で勢いよく鍵盤を押さえ、部屋中に響き渡るジャーーーーンという不協和音。
まるで地獄みたいな音だ。泣きながら母をパンチしてくる5才を受け止める。
「大丈夫だよ。昨日よりは少し近づいてる」
 
抱き締めようとした瞬間、わーーーーーん!! と泣き叫びながら5才は寝室方向に逃亡した。
やれやれ。こっちだって泣きたいよ。心の中でつい黒い心が噴火しそうになるのをすんでのところで何とか抑える。
 
5才のピアノ練習に付き合うということは、そんな単純なことではない。
5才の心を推し量りながら、あくまで本人のやる気を高めるような声掛けをして、たまに八つ当たりされながらもそれを徹底的に打ちのめすなんてことはせず、気を取り直すよう押したり引いたりするのである。
 
とにかく「忍耐」。この一言に尽きる。
いま「全日本 忍耐大会」なるものがあったら上位にランキング入りしそうな気がする。
私は毎日のストレスフルなこの時間をなんとか耐えていた。
 
しかし、このペースじゃ曲が仕上がりそうにない。それはいただけない。
本人の希望で始めたピアノ。どうせやるなら壁を乗り越えた先にある成功を体験させたい。私の意思は固かった。
 
泣き止み戻ってきた5才に冷静に言う。
「お母さんとかピアノに怒りそうになったらさ、いったんどこかに逃げてもいいよ? でさ、気持ちが落ち着いたら『大丈夫になった』って教えてくれない? そしたらまた練習に付き合うからさ」
 
正直辛くなってきていた。
毎回怒って逃亡して「落ち着き」待ちする私の身にもなってほしい。
夕飯の準備もしたいし、洗濯物を取り込んで畳みたいし、こっちだって忙しいのだ。
 
私の提案に5才は「うん」と頷き、この作戦は功と奏した。
練習の途中で(わぁー……)となりかけた5才がどこかに消えると、私は追わず何食わぬ顔で家事を始める。「おちついた」とモジモジしながら5才が戻ってくると私は「そう」と言ってまた練習に付き合った。
 
先生のアドバイスで、5才が右手でターンを弾く時に、左手のリズムをタンタンと私が5才の太ももに刻むということをやったりもした。
 
そんな日々を一ヵ月ほど過ごした頃だろうか。
あれだけ苦労した「ターン&タンタン」がなんと出来るようになった!
その瞬間の喜びようったらなかった。
5才が両手で滑らかに弾いた時、私たちは目を見開いて顔を合わせ、スポーツ選手みたいなかっこいいハイタッチをした。
 
やったー! ついに! ついにできたー!!
小躍りしたくなるほどの嬉しさが胸に広がった。
 
もしかしたら課題曲の完成はもう無理かも。そんな思いになったこともあった。
でも意味のないような牛歩のスピードでも、水面下では確実に成長を遂げていたのだ。
 
ピアノの付き添い練習にとどまらず、育児をしているとこんな事がしょっちゅうだ。果たして意味があるのかということを、スモール過ぎるステップを踏みながら考える。ある程度の形になるには、それが単純に好きで始めたことであっても、途中どこかで必ず山場を迎える。
 
大人だって難しいのに、まだ精神が発展途上の子供にはとても難易度の高い事だ。
 
そんな時、私たち親子は、階段の踊り場にいるのだと思う。
階段は着実に登れるステップの部分と、高さに変化がない踊り場の部分がある。育児をしていると踊り場の部分が長く、この停滞期のようなものは果たしていつまで続くのかと、先が見えないもどかしさについ苛立ってしまうこともある。
 
踊り場という概念は、明治時代の文明開化と共に入ってきたらしい。
西洋建築が普及すると共に、階段の踊り場も普及した。
ドレスを着た女性が踊り場で方向を変えて、スカートがひらりと舞う様子が躍っているように見えたことが、その名の由来という説があるのだ。
 
どうせ停滞するなら、もうその期間も楽しむつもりでいっそのこと「Shall we ダンス?」と唱えてみるかな。その時親子で苦労したことは、あとで結局、体験したことでしか得られないキラキラとした思い出の1ページになるのだから。
 
次に何かの停滞期が来たら、しめしめと思って心のなかで思い切りスカートをひるがえしながらダンスを踊ろう。地味な停滞期こそ、朗らかさを忘れず、派手なダンスで笑いながら乗り切ってみせるのだ。

 
 
 
 

***

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2024-11-14 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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