暗闇の中で
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:町田郁(ライティング・ゼミ9月コース)
私は疲れていた。
いや、疲れ果てていた。とてつもなく、疲れきっていた。
仕事が忙しくなり、毎日デスク上でPCと格闘する毎日、キーボードをカタカタ言わせるか、マウスのクリック音をカチカチ鳴らすか、その二種類しか音を出していなかった。同僚と雑談に興じる暇などなかったのだ。
さらにプライベートでも趣味のバンド活動が充実してしまっていた。いや、趣味は楽しいのだが、ここではあえて充実して「しまった」と言おう。ライブも演奏する側と鑑賞する側、ステージの上と下を忙しく行ったり来たりしていたのだ。年始には毎年恒例の大掛かりなイベントもある。忘年会も公私に渡って行われる。来月には遠い街に移住してしまった友人もやってくる。しかもなぜかこんな時に、天狼院書店のライティングゼミなど受講してしまっているのだ。毎週1回、2,000字の文章を投稿しなければならない。
繰り返し言うが、楽しいのだ。仕事はともかく、プライベートは楽しい。
だが……。
「疲れたよう」
ようやく仕事が終わり、帰宅する車の中で私は一人つぶやいた。
いくらやりたいからといって、スケジュールを詰め過ぎた自分がすべて悪いのだ。
「なんとかならないものかね」
年齢のせいか、疲れがとれにくくなってきていた。エナジードリンク、マッサージ、ストレッチなど、思いつくことはすべてやった。他にできることは何かないか。
「闇風呂って、どうなんだろう」
数年前にSNSで話題になっていたそれは、電気を消して暗い中で入浴するというもの。目から入ってくる情報をシャットアウトしてゆっくり湯舟につかるだけで目の疲れがとれ、深くリラックスできるという。それにより劇的に疲労が回復するそうだ。「劇的に」などと書いてあると、好奇心が強く、かつ乗せられやすい私はたちまちその気になってしまう。
「よし、闇風呂決行」
どんな効果が体験できるかを楽しみに、入浴時間を待つ。
さて、いよいよ闇風呂初体験である。注意事項として、
「入浴中に眠らないこと」
というものがある。普通の入浴でも湯舟で眠っては危険だが、闇風呂の場合は特にリラックス効果が高いので眠ってしまうことが多いのだそうだ。普段から疲れると、湯舟の中でうつらうつらすることがあるので、これは気をつけないと。
まずは、洗面所も風呂場も電気をつけて髪と体を洗った。次に一旦風呂場から出て洗面所と風呂場の電気を消す。我が家の洗面所は狭いのでバスマットの上から電気のスイッチに容易に手が届くのだ。そして暗くなった風呂場に戻った。
「怖い」
風呂場は暗闇に目が慣れないせいもあり、思いのほか暗かった。恐怖心から湯舟につかってからも緊張してしまい、期待するほどのリラックス感が得られない。
「そういえば」
ふと思い出した。
「昔は暗いと眠れなかったっけ」
子供の頃、寝るときに電気を消されるのが苦手だった。暗闇が怖いというより、暗闇で眠るのが怖かったのだ。母に頼んで電気をつけっぱなしにしてもらい、それでも怖くて二段ベッドの下の段から光を感じることができるようにできるだけ端に寄って寝ていた。しかもベッドの中はぬいぐるみでいっぱいだった。窮屈だがそれでやっと安心して眠れたのだ。
あの頃、「死」がとにかく怖かった。暗闇の中で眠りにつくことが死を連想してしまって眠れなくなったのだと、今にして思う。幼い私にとって、死は恐怖と悲劇でしかなかった。
死を避けるために考えついたのが、どこか痛かったら母にそれを告げる、ということだった。そうすれば病院に連れていかれ、注射と薬で病気が治るから死なないと思ったのだ。その計画は母にうるさがられ、自分も面倒になっただけで終わったが、私はまだ無事に生きている。
そんなことを考えながら湯舟につかっていると、次第に目が慣れてきたのか辺りがぼんやりと見えるようになった。給湯パネルの明かりだけが頼りだが、少しでも何か見えると気持ちは落ち着く。気がつくと、だいぶ緊張がほどけてリラックスしてきた。昔怖かった、そしてさっきも怖かった暗闇が、安心できる心地よい空間に変わりつつあった。
いつか私は考えることをやめ、湯の暖かさと暗闇の静けさに身をまかせていた。
暗闇に対する恐怖が薄くなったように、あの頃怖いだけだった死が、私の中で違う意味を持つようになったことに、ぼんやりした頭で気づいた。怖くないといったら嘘になるが、穏やかな気持ちで受け入れることができつつある。死への準備が私の中で自然にはじまったことを感じていた。これからの人生、せいぜい20年くらいだろうか。その20年で人生を完結させるのだ。これからはそのために生きるのだ。
同じことをしていても、すべてが締めに向かっているのだ。そのためにスケジュールを詰め込んでいたのかもしれない。……違うかもしれないが。
暗闇の中の15分ほどの時間で得た気づきは思いがけない大きな収穫だった。これからの残り少ない人生を大切に生き切ろう、そう思えた。暗闇とはなんと不思議なものなのだろう。時に人は暗闇の中で、深く安らぎ、癒されるだけではなく光明を得ることもあるのではないか。
さて、肝心の闇風呂の効果を最後にご報告しようと思う。その日はいつもより早くベッドにもぐりこんだ。久しぶりに長い睡眠をとり、目覚めたあとはいつもより体が軽く暖かかった。ガチガチに固まった肩も、だいぶ柔らかく楽になっていた。いつも肩をお互いにマッサージしあう同僚からは、
「あなたの昨日の肩の固さが5くらいとしたら、今日は1くらいかな」
と言われたので、闇風呂の当初の目的も果たせたようだ。
ただ、今日の業務でまた肩が凝り固まってきたので、今夜もまた暗闇の中でゆっくり湯の温もりを楽しもうと思う。
***
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