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鉄棒


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:ガーベラ(ライティングゼミ11月コース)
 
 
「ねぇ待ってよ」
 
「滑って歩けない 転んじゃう」
 
「ねぇ置いてかないで! 振り向いて」
 
心の中で叫ぶだけで、声にならない。
 
小学一年生の冬、初詣の帰りにロープーウェイに乗り、近くに山の頂上まで行った時の事です。
 
ゴンドラを降り建物の外に出たら、道が凍てついていました。革靴を履いていた私は、ツルツル滑って歩けずしゃがみ込んでしまいました。少し先に父の後ろ姿が見えましたが、私の事を一度も振り返ることなく、一人先に歩いて行ってしまいます。
 
「待ってよー」
 
と叫びたいけれど、声が出なくて困っている私
と、ここで目が覚めました。
 
ああ、またこの夢だ。
 
30歳を過ぎた頃から、年に数回この夢を見るようになりました。
初詣の帰りなので、母や姉も一緒だったはずなのに、登場人物はなぜか父と私の二人きり。夢に出てくるのは毎回この場面だけでした。
この後どうしたのか? あまり憶えていないですが、多分四つん這いになって、何とか父に追いつき、その後は道が凍てついてなかったので、普通に歩けた様な気がします。
 
寒くて、冷たくて真っ赤になった手と、とても心細かった事、そして家に帰ってから大変だったねと母に慰めてもらった微かな記憶があります。
 
どうしてこの場面ばかり何度も夢に出てくるのだろうか? 振り返ってもらえなかった事が余程ショックだったのか? 確かにとても心細かった記憶はあるが、他にもっと悲しかったことや、辛かったことはいくらでもあったはずなのに不思議のことです。
 
昭和一桁生まれの父は、絵にかいたような拳固おやじ。
父が食べるまでは、家族が食事を口にすることは出来ず、一番風呂も父と決まっていました。自分の事は棚に上げ家族の事は注意する。男尊女卑で、家の中では威張っていたい亭主関白な人でした。
 
短気ですぐに怒り出すので、どこで怒りのスイッチが入るか分からない。特に機嫌が悪い時は要注意です。
 
気長に待つことが出来ない人なので、お祭りに連れて行ってもらっても凄い人だからと、ただ速足で歩いて、ゆっくり見る事も、何かで遊ぶことも、何かを購入することもせずに帰って来るだけでした。
 
一度だけ遊園地に連れて行ってもらったことがありました。列に並んで何分も待っているのが嫌だった父が、凄い人だから乗るのは無理帰ろう! と言い出し、遊園地に入っただけで何も乗らずに帰ってきたこともありました。
 
子煩悩とはかけ離れた、とても怖い存在でした。
 
そんな父だったので、小学校中学年になると私も友達と出かけるようになり、高学年になると気難しい父を避けるようになりました。
 
思春期以降は、もっと避けるようになり、気難しい父とは必要な時以外話さなくなり、父は父で口を開けば叱ったり、怒鳴ったり、親子関係も微妙になっていきました。
 
冗談を言う事も無く、おだやかに話す事も無く、ましてや子供の機嫌を取ることなどしなかった父ですが、父がしてくれたことで、とても嬉しかった思い出があります。
 
それは私が小学校低学年の時、庭に鉄棒を作ってくれたことです。
角材と鉄のパイプで出来た手作りの鉄棒です。
 
今では、店で鉄棒を購入できるようになり、子供のいるご家庭に鉄棒があるのも珍しい事ではありませんが、私の子供時代にはそんな店は無かったような気がします。
庭に鉄棒があるのが珍しい時代、父が作ってくれたことをとても嬉しく、誇らしく思い、姉や友達と鉄棒でたくさん遊んだ記憶があります。
 
仕事を引退し孫が生まれると、父は今までとは別人のようになり、孫のことを可愛がってくれるようになりました。そして、勿論息子達も父の事が大好きになりました。
私も子供を通して、ぎこちないながら徐々に父と言葉を交わすようになっていきました。子供達のおかげで親子関係も少しずつ改善です。
 
上の子が小学一年生になった時、私は夫にあるお願いをしました。
何のお願いかと言うと、子供達に鉄棒を作ってあげて欲しいという事をお願いしたのです。
既成の鉄棒を買うのではなく、手作りの鉄棒。手作りがよかったのです。
夫に、私が子供の頃に父が鉄棒を作ってくれたことがとても素敵な思い出になっている事を話すと快く引き受けてくれました。
 
鉄棒を作ることを聞いた父がある日、どこかで購入したのか、もらってきたのかは分かりませんが、家に鉄パイプを持ってきてくれました。
 
「これ、使ってくれ」と、ぶっきらぼうに差し出す父。
 
「ありがとう」とそっけない返事をする私。
やったー! きっと昔私が嬉しかったこと伝わったのね。だからわざわざ、パイプ持ってきてくれた? 凄い! 嬉しい! ありがとう!
 
心の中ではそう叫んでいる。しかし声に出し言葉にすることは出来ない。
子供や夫になら素直な気持ちを表現することができるのに、何故だか父に対しては
それが出来ないのです。
 
心の中で叫んでいるけれど、声にならない。あ! これって私、小学一年生から全く進化していない! という事に気づいてしまいました。
 
その後、出来上がった鉄棒を見て息子達は大喜び。友達ともたくさん遊びました。
私も自分自身の思い出と重ね合わせ、とても嬉しく、誇らしげな気持ちになりました。製作したのは夫ですが、父の事も誇らしく思えたのです。(もちろん恥ずかしくて、父にその気持ちを話すことはありませんでした)
 
今年で父が亡くなり約3年が過ぎました。今回父の思い出を書き出し、色んな事に気づかされました。
 
夢に姉と母が登場しなかったのは、妹が生まれる2週間前の出来事だったので、身重な母はゴンドラには乗らず、怖がりの姉と2人どこかで待っていたのだと思います。いつも協力し合い助けてくれる姉がいなかった為、私はとても心細かったのだと思いました。
 
そして、頑固おやじの父は父なりに、一生懸命子供と関わろうとしてくれていたという事です。自営業を営んでいた両親は、日々忙しくいつも仕事の事を考えて難しい顔をしていた父。家族を養っていくためにそれなりのプレッシャーもあったという事も今なら分かります。若かった当時の私はそんな事を考える余裕もなく、理想の父ではない事に腹を立てていたのだと思います。
 
「お父さんありがとう! お父さんのおかげで家族が楽しく暮らせています」
 
最近の私は、父の遺影に向かい自分の気持ちを声に出し報告しています。
そして、今はもうあの夢を見なくなりました。
 
 
 
 
***

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2024-11-21 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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