毎日が最後の晩餐
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記事:前田苺日子(ライティングゼミ・9月コース)
「来年も秋にまつたけ食べれるかなぁ」
そんなことをつぶやいたのは、すみちゃんである。
こんな言葉で始まると、すみちゃんの命が短いように思われるかもしれないが、けしてそうではない。この文の中に余命宣告をされた特定の人がいるわけではないが……すみちゃんがこんなことを言うにはもちろん理由がある。
すみちゃんと私は、同じ医療法人のもつ介護施設で働く調理人だった。同じ法人内の施設ではあったが、就業場所は違っていた。
すみちゃんの働いていた施設はグループホームで、私の働いていたのはデイケアだった。グループホームとは、認知症のある高齢者が専門スタッフの支援のもとで共同生活を送る介護保険法に基づく施設であり、デイケアとは、介護老人保健施設や病院、診療所などに併設された施設でリハビリテーションや日常生活上の支援を受けることができる施設である。
ざっくり言うと、その施設で寝泊まりをするかしないかが、大きく違うところである。
お互い3年ほどその施設で働いたが、すみちゃんの方が入職が早く年下の先輩だった。
2人とも、もともとその土地が地元というわけでもなく、言ってしまえば縁もゆかりもないところで仕事をしていた。縁もゆかりもなかったらそこで働く事にはならないと思うが、神様によって引き寄せられて気が付いたら入職していた。
「なんでここにいるんだろうね?私たち」ってよく言っていたが、縁もゆかりもないところで仕事をしていて、すみちゃんが先輩でよかったとよく思っていた。それぐらい頼りになる年下の先輩だった。
年下の先輩すみちゃんは、調理の仕事をしていたが調理師の資格があったわけではない。彼女は管理栄養士だった。もうひと言付け加えるなら、「ちょいわる管理栄養士」だった。
クリニックで栄養指導もしていたが、「その指導で大丈夫?」というようなことを時につぶやいていた。
例えば、病気が原因で、食に関して不安を抱える患者さんが「これって食べたらだめなんですよね?」と聞けば
「食べていいですよ」と、答える。彼女は否定しない。「食べたかったら食べたらいいですよ。我慢してストレスをためたらそっちの方が体に良くないですから……」って言っていた。もちろん、その患者さんの血液検査を含め、様々なデータをもとに、大丈夫な範囲を見越しての発言だったが、細かい数値のことなど全く知らない私からしたら「ちょい悪管理栄養士」なのである。
でも、世の中の「ちょい悪」とは結構な割合で正義の味方が多い。彼女も、患者さんに寄り添って気持ちを汲みながら対応するから、ファンも多かった。まあ、クリニックのアイドルというほどではなかったけどね。
さて、冒頭のつぶやきに話を戻そう。
すみちゃんが仕事をしていたグループホームの献立は、もちろん「ちょい悪管理栄養士」のすみちゃんが立てていた。高齢者の介護施設での献立を立てるときのポイントとしては
旬のものを用いて季節感を出す。
春には春に旬を迎える食材。夏には夏の……秋には秋の……そして冬には冬の季節感ある食材を使う。
行事に合わせて献立を立てる。
お正月、節分、ひな祭り、お彼岸、端午の節句など季節ごとにある行事に合わせて行事食を取り入れる。
地域性のある食事を提供する
この施設があったのは岐阜の西濃地方であり、山でもなく海でもない食文化があり、その地域性を意識したメニューを考える。
1や2はまあ高齢者の施設じゃなくても「給食」といわれるものにはつきものの内容だったと思う。
3に関しては、いろいろな機能が退化して、脳の記憶からもいろいろなことが消えていく年齢の人たちではあるが、いわゆる脳活にはとてもいいものだったと思う。
こんなことがあった。月に1回「モーニングの日」である。日曜日の朝、施設の真ん中にあるホールに机を運び込み、テーブルクロスをかけいつもと全く違う雰囲気にして朝食を用意して食べていただく。モーニング文化の根付いた岐阜ならではの地域性のある朝食である。
もちろんご飯とみそ汁ではなく、パンとコーヒー(もしくは紅茶)とデザートである。みんなとても嬉しそうだった。脳にはいい刺激になっていたと思う。
言うのは簡単だが、これは結構面倒なことであり、すみちゃん以外はやらないイベントでもあった。だけど彼女は面倒とかそういうことよりなにより、グループホームで暮らすおじいちゃんおばあちゃんに楽しんでもらいたい……ただそれだけだった。
「なんでそんなに頑張れるの?」と聞いたことがある。
「ここで暮らす人たちってさ、来年も命があるかどうかって保障がない人が多いんよね。そりゃ人間だれしも明日があるという保障はないけどね。でも、グループホームで暮らすから、スーパーに行って好きなものを買って食べるという事も、家族と外食する機会もほぼないよね。さらに言うなら、来年の秋まで生きることできるかな? って思うとさ、毎日の一食一食が最後の晩餐となるかもしれないって思うから……笑顔で『美味しかったよ』って言ってもらえるようなご飯を作りたいとおもっている」
なんだこの天使のような、女神のような発言は!!!!
「ちょい悪管理栄養士」なんて言ってごめんよ~。
毎日が『最後の晩餐』だと思ってご飯を作るなんて、簡単にできることでも、言えることでもないと思ったが、すみちゃんはその思いを貫いてご飯を作っていた。そして、その愛が溢れていたからこそ本当に彼女の作るごはんは美味しかった。
今はすみちゃんも私もその施設を退職し別々の場所で仕事をしている。すみちゃんは相変わらずてまひまかけて、食べる人の「美味しかったよ」が聞けるご飯を作っている。
私も、すみちゃんから学んだ作り手の心を大切にして、食べてくれる人の笑顔を思い浮かべながら、日々の食事作りに励んでいる。
***
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