高座から見る風景
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:大塚 久(ライティング・ゼミ9月コース)
「元は犬で、先ほど人間になりました」
僕が初めて落語に触れたのは、ある日のテレビだった。番組の内容はすっかり忘れてしまったが、一人のおじさんが静かに話し続けている姿だけは覚えている。正直なところ、当時の僕にとってそれは退屈そのものだった。なぜ人々がこんな地味な芸能に魅せられるのか、全く理解できなかった。
しかし、運命とは不思議なものだ。今、僕は高座の上で「元は犬で、先ほど人間になりました」というオチを言い終え、頭を下げている。かつては理解できなかった落語の世界に、今では完全に魅了されてしまった。
きっかけは、近所のショッピングモールのカルチャーセンターだった。落語教室の体験会で、一人一人が高座に上がり、自己紹介と共に師匠から教わった小噺を披露する。正直、一度体験したら辞めようと思っていた。なぜなら落語の最後のところでオチを言った後に頭を下げる。ここが一番やってみたいところで、これさえできれば、という気持ちでいた。ところが、そこで予想外の発見があった。
体験会では「他行(たぎょう)」という小噺を習った。世間知らずの与太郎とお父さんの掛け合いの話だ。驚いたのは、同じ話を習ったのに、演じる人によって全く違う味わいになることだった。ある人の与太郎は本当に抜けていて、別の人の与太郎は憎めないキャラクター、さらに別の人は最後にきっちり決める賢い与太郎を演じる。たった一分程度の話なのに、これほど多様な解釈が可能なことに衝撃を受けた。
それから、本格的に落語を始め、最初の演目として「元犬」を選んだ。長さが手頃で、滑稽噺として笑いも取りやすく、オチもわかりやすい。何より、とにかくやる気があることが大切だと教えてくれる話だった。練習を重ねるうちに、落語の奥深さが少しずつ見えてきた。
特に印象的だったのは、目線や仕草の重要性だ。視線の向け方一つで、その場の雰囲気や部屋の大きさまで変わってしまう。最初は苦労した。特にご隠居の役を演じる時、緊張して早口になってしまい、年配の落ち着いた雰囲気が出せない。また、「元犬」の演目で最も悩んだのは、犬の気持ちをどう表現するかということだった。当たり前だが、犬になったことはない。それでも、人間になった犬の少しずれた受け答えが、不思議とお客様の心を掴むのだ。
師匠からは「この噺の後、この犬はどうなっていくんでしょうね」と問いかけられた。噺の先の未来を想像することの大切さを教わった時、落語の新しい側面が見えてきた。話の結末だけでなく、その先の人生まで想像を巡らせることで、キャラクターがより生き生きと感じられるようになった。
本番で失敗することも多々ある。噛んだり、話を間違えたりする。でも、そんな時でもお客様は温かく笑ってくれる。むしろ、そういった失敗も含めて楽しんでくれているように感じる。落語は完璧な演技を求める芸能ではなく、演者とお客様が一緒に物語を紡いでいく共同作業なのかもしれない。
初めて本番の高座に上がった時のことは、今でも鮮明に覚えている。いや、正確には記憶の大半が飛んでいる。緊張のあまり、オチまでの時間がどれくらい経ったのかも定かではない。ただ、最後に頭を下げた時の清々しさだけは忘れられない。
落語は不思議な芸能だ。一人で全てを演じ切る。扇子と手拭いだけで、様々な場面や人物を表現する。現代のような派手な視聴覚効果はない。でも、だからこそ見ている人の想像力を刺激し、より深い共感を生み出せる。
今、僕は落語から学んだことを日常生活でも活かしている。些細な失敗も、笑いに変えられる余裕が生まれた。相手の立場に立って物事を考えられるようになった。そして何より、体験してないことに挑戦することの楽しさを知った。
テクノロジーが発達し、様々な娯楽が溢れる現代。それでも落語が愛され続けているのは、人間の本質的な部分に触れるからだろう。失敗や困難を笑いに変える知恵、想像力を育む力、そして何より、人と人とを繋ぐ温かさ。これらは、時代が変わっても決して古びない価値だと信じている。
高座を降りる時、いつも思う。次はもっと上手く演じたい、もっと聞いてくれる人を笑顔にしたい。落語は、そんな終わりのない挑戦を続けさせてくれる素晴らしい芸能なのだ。そして、その挑戦の過程で、僕自身も少しずつ成長していける。それこそが、落語の最も大きな魅力なのかもしれない。
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