異星人になった私が救われた話
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:片山勢津子(ライティング・ゼミ9月コース)
ある日、突然世界が色を失ったように感じた。
ぼんやりしてきたので、気合を入れようと目をギュッと閉じ、そっと開いた時だった。
片目では暖色、片目では寒色の世界が見えた。胸がざわついた。夢だろうか?
もう一度、オフホワイト色のタイルが貼ってあるマンションの外壁に焦点を定め、左右交互にウインクして色を確認してみた。右目ではベージュ、左目ではグレー。本当の色がわからない。
慌てて近所の眼科に行った。
薬をもらったものの、色が見えないことに対する不安が募るばかり。
心配で親しい内科医に相談した。念の為に総合病院に行くように言われ、眼科医を知っているという職場近くの病院を紹介された。
病院では、レントゲンなど複数の検査を受けた。一体、私の身体で何が起こっているのだろう。検査結果を待って、眼科医に聞いた。
「これから一生、病院とは縁が切れないと覚悟してください」
「眼底に細胞が見えます」
「薬を出します。すぐまた来てください」
口数の少ない医師だった。身体の状態をもう少し聞きたかったが、診断書に詳しく書かれていそうだったので、諦めて帰った。
診断書には、検査結果を踏まえた医師の見解が書かれていた。疑いがあると記された病名は、私にとって聞いたことのないものだった。原因不明の難病で、対処療法しかないという。
それからが、大変だった。
薬の影響で瞳孔が開いているので、眩しくて仕方ない。
一応、見えるし音も聞こえる。味覚もあるし匂いもわかる。ただ、触覚がない!
ツネっても叩いても、痛みを感じない。そのかわりに、動くと今まで気付かなかった振動を感じる。
まるで自分が異星人になった気分だ。光に弱い触感のない異星人である。
地球語は聞き取れ、空気も吸え、姿形も同じだが、地球人と同じようには感じられない。
屋外がいかに明るいかを、初めて知った。明るいところでは生きていけない異星人になってしまった。
地球人には簡単なことが、異星人の私には途方もない試練だった。
例えば、日差しの中でただ歩くだけのことが、まるで感覚の違う惑星での行動のようだった。目を開けられない。足を踏み出すたびに、その振動がビンビンと身体中に響く。
猫が、羨ましかった。瞳孔で光の調整ができるので、私よりも生きやすそうだ。波長が違う色を見ている昆虫に、共感した。でも、私には羽がないから不便だ。
医師に、副作用が強くて歩けないと伝えたが、今は我慢するしかないらしい。
「異変を感じたら、救急車を呼んでください。失明してもおかしくない状態です」
その言葉が耳を突き刺した。
どんな異変がまだ起こるというのだろう。自分の身体が、知らない誰かのものになっていく感覚だ。光のない世界。消えた触覚。何を信じて生きていけば良いのか。暗い未来を想像して胸が苦しくなった。
私には体の弱い息子がいる。失明するわけにはいかない。
お弁当を作らないといけないし、病院にも連れて行かないといけない。運動会で走る姿が見たい。「神様、もう少し、子供達が大きくなるまでは生かしてください!」と、心の中で祈った。
眠る時も怖かった。暗いはずなのに、目を閉じても何かの信号のようにピカっと光るのだ。
でも、医師は取り合ってくれなかった。今は、それどころではないらしい。
幸いだったのは、病気の症状はまだ眼だけだということ。もし、肺に移転すると死ぬらしい。まだ死ぬわけにはいかない。
いつの間にか、道すがらの神社や寺院に足が向いた。
歩くのは大変だったが、何かにすがらなくては生きていけない状態だった。
寝る時も手を合わせて、祈った。通りに残る楠の大木にも祈った。
神様でも仏様でも、誰でも良かった。時間があれば、ずっと祈っていた。
今、失明するわけには行かない。
ある日の夕暮れ、いつものように近所の神社に寄り道した時、池に面した窪みの中に古い祠を見つけた。思わず手を合わせた瞬間、涙が溢れ出た。
人とは違う光と振動の世界。孤独と不安が一気に込み上げてきた。この小さな祠を造った人は、何を祈ったのだろう。救いを求めた人に思いを馳せた。
祀られているのが不動明王だと、後から知った。
祠にお参りするようになってから、少し気持ちが安らいだ。というのは、そこは夕暮れの景色が美しい場所だった。近所で見かける青鷺とも、頻繁に出会うようになった。私の姿を覚えているらしく、どこからともなく飛んでくる。祠の正面には、巣のある小さな島があった。
少しずつ症状が軽くなり、薬の副作用から解放されていった。
不安ながらも普通に歩ける感覚は嬉しかった。
そのうち通院回数が減り、もう病院に行くことも無くなった。
きっと神様や仏様が、私のうるさいほどの願いを聞いてくれたのだと思う。青鷺も神様に伝えてくれたに違いない。
今も、池辺の神社にはよく出かける。
あの小さな祠の前に行くと、自分を守ってくれた見えない力を強く感じ、立ち止まる。青鷺の目が優しそうに見える。
もう、歩いても振動を感じることはなくなり、日差しの中でも目が開けられる。
以前より、景色や空気を鮮明に感じられる。感性が強くなったのか、何を見ても新鮮だ。
振り返ると、あの時は祈ることが心の支えだった。
病気が落ち着いた今、あの頃に感じた恐怖や不安は薄れたが、今は感謝の気持ちで一杯である。
当たり前のように見ている景色が、かつて異星人のようだった私にとっては、どれほど貴重だったかを思い出す。
子供達は大きくなり、私がお願いしていた視力や命の期限はもう過ぎた。
祈ることで、感じるものがあった。日常の幸せと地球の素晴らしさである。
今、そよ風に揺れる木々の緑や、道端の花や、青鷺が舞う静かな水面を見つめながら、与えられた残りの寿命を大切に生きていきたいと思う。
***
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