左肩の病気が教えてくれた人生の真実
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:大木朗(ライティングゼミ11月コース)
「これはかなり深刻な状態ですね」
医師の声が診察室に響いた瞬間、私の心臓が跳ね上がった。
「どういうことでしょうか」
声が震えるのを必死に抑えながら、私は尋ねた。診察室のPCで何気なく投影されている黒い画像が、不吉な予感を更に強めていく。
「このMRI画像を見てください。肩鎖板がここで…」
医師がモニターに指を這わせる度に、私の表情が強張っていくのが分かった。
「全治6ヶ月です」
「え? 6ヶ月ですか?」
思わず聞き返してしまった。診察室の空気が一気に重くなる。
「手術治療が必要になる可能性が高いな」
その言葉を最後まで聞くと、頭の中が真っ白になった。つい昨日まで、健康だけは誰にも負けない自信があった。毎朝5時に起き、近所の公園まで40分のウォーキングが日課で、食事も含めて健康管理には気を付けていた。
自分のことだけでなく妻と2人の生活において、困ったことになった。
日常生活で私には大切な役目がある。半年前から膝の痛みが悪化した妻を支えることだ。パート先、病院まで車の送迎、スーパーでの重い買い物袋を運ぶこと。そんな日々の小さなことが、私たち夫婦の絆を深めていた。その日常が、突然覆されようとしていた。
さらに医師が淡々と説明を続ける。肩鎖板損傷、筋肉の石灰化、炎症による水の貯留。医療用語が次々と並ぶ度に、私の心は暗闇へと沈んでいった。白黒のMRI画像に映る私の肩は、まるで見知らぬ人のものように感じられた。
「手術は12月に可能ですが……」
「希望しません」という言葉が、思わず口から飛び出した。
「では、1ヶ月様子を見ましょう」
その会話が、まるで霧の向こうから聞こえてくるような、非現実的な感覚。診察室を出た時、手の中の治療説明の用紙が震えていた。インクの文字が、かすんでいるように見えた。待合室の長椅子に座り、深いため息をつく。周りの患者さんたちの話し声も、遠くの音のように感じられた。
手術から外転装具を外すまで1ヶ月。その間、左腕は常に固定具で固められ、シャツの着替えすら一人ではできない。日常生活がある程度できるまでに3ヶ月。自転車も車の運転もできない。パソコン操作すら満足にできない。毎日の入浴も、髪を洗うのも、一人では困難になる。当たり前にできていた日常の動作が、次々と壁として立ちはだかってきた。
2025年こそは人生最高の年にしようと、具体的な計画を構想していた矢先に出鼻をくじかれた。
病院を出て、下を向きながらの一歩一歩が夢遊病者のようにふらふらしていた。外の景色をぼんやりと感じながら帰宅した。妻に病状のありのままを説明した。
「治る見込みがあるからええやん。私の膝は良くなるかわかれへんけど」
妻の何気ない一言が、曇った私の心に差し込む一筋の光となった。彼女は10年前から治らない変形性膝関節症と闘っている。痛みを抱えながらも、笑顔を絶やさず、前を向いて生きてきた。
私の場合は、治療すれば良くなる。世の中には、もっと深刻な病気と闘っている人がいる。左手が使えなくても、歩ける。右手があれば、不自由でも生活はできる。妻は毎日の痛みと向き合いながら、それでも前に進んでいる。その姿に、私は何度励まされてきただろう。
「それに、あなたのパソコン入力って、左手は人差し指だけしか使ってないじゃない。むしろ、これを機に右手の練習すれば、もっと上手くなるかもよ」
妻とそう言って笑い合った瞬間、心の中で何かが変わった。このハンディキャップは、乗り越えるべき新たな挑戦なのかもしれない。むしろ、これは人生をより豊かにするチャンスかもしれない。
その日の夜、リビングのテーブルに向かい、新たな計画を練り始めた。リハビリの合間に、できることから少しずつ始めよう。まずは右手だけでのパソコン操作の練習から。家事も、工夫次第でできることはたくさんあるはずだ。左手が使えるようになったら、延期した北海道旅行に行こう。温泉に浸かりながら、この経験を笑い話にできる日を夢見て。
そして、この経験を活かせるかもしれない。同じように不自由を抱える高齢者の方々に、工夫や対処法を伝えられる。むしろ、この経験があるからこそ、より深い共感と理解を持って接することができるはずだ。
振り返れば、この左肩の怪我は、私に新しい視点と可能性を教えてくれた。それは、単なる身体の回復以上の、人生の新たな章の始まりだった。そして何より、家族の絆の大切さを、改めて深く心に刻む機会となったのだ。
妻の優しさ、強さ、そして前向きな姿勢。毎日の小さな工夫と努力。それらすべてが、今の私の希望となっている。困難を乗り越えた先にある、心の底からの充実感を信じて。この予期せぬ試練を、必ずや人生の糧としてみせる。
明日からの新しい挑戦に向けて、私の心は静かな決意に満ちていた。
***
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