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共感した振りはもうしたくなかった


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記事:ERI(ライテイング・ゼミ9月コース)
 
 
姉  「まりちゃんがね、また調子悪くて入院したんだけど、元気になってきたの 」
   「あの子は強いわ! 本当によく頑張ったわ 」
 
 
私  「そうだね まりちゃんよく頑張ったね 」
 
何度も繰り返してきた姉とのやり取り。その度に言葉を絞り出すように吐き出していた。心とは矛盾した言葉を吐き出すのは、とても苦しい。それが大切な人であればあるほど苦しみは増していく。
 
 
 姪っ子のまりちゃんは、出産時の事故で産まれた時から自分の力で呼吸することも身体を動かすこともできない、いわゆる脳死状態だった。最初は何が起きたのかわからず、目の前に起きている現実を受け止めることができなかった。これから先ずっと元気な姿を見ることは出来ないんだとわかるのに半年ほどかかった。あの頃はいつか目をパッチリあけてにっこり笑ってくれる日がきっと来ると願い、よちよち歩いている姿を何度も目に浮かべていた。叔母という少し離れた立場の私でさえまりちゃんの将来を受け止めるのにかなりの時間がかかった。母である姉がどう受け止めていたのかは想像を絶する。
 
そんな事考える暇もないくらいに24時間365日まりちゃんのケアは過酷だったのかもしれない。数時間置きにの吸引が必要だし、人工呼吸器のアラームは昼夜関係なく鳴り響く。ぐっすり眠れる夜などない。実家に引越し母の助けを借りながら、毎日毎日片時も離れず姉は娘のケアをしていた。まりちゃんにはちょっとした風邪も命取りだ。コロナ禍に入るとさらに緊張感は増した。わたしたち家族はまりちゃんがいる実家への帰省は遠慮していた。
 
 
 遠く離れて暮らしているので、まりちゃんの急変時には姉からメッセージや電話がくる。風邪をひいたら肺炎になっていて即入院になったり、何度救急搬送されたかわからない。その度にDr.からもう峠を越えられないかも知れないと言われ、覚悟した。そして何度もまりちゃんは復活した。姉は本当に嬉しそうに報告のるための連絡をくれた。わたしは毎回姉に共感している言葉を伝えた。でもその度に複雑な気持ちが積み重なって行く自分にもやもやしていた。
我が子に1日でも長く生きて欲しい。そのためにできることがあるならできる限りの事をしてあげたいという伝わってくる姉の思い。これ以上良くなるなることは望めない。急変するたびに無理な治療を繰り返して山場を乗り越えてその先に何があるのだろう。姉もまりちゃんもここまで十分過ぎるくらい頑張ったよ。という決して伝えられない私の思いは交わることはない。
 
 
そんな中の2年前、ふと立ち寄った本屋さんで「植物少女」に出会った。吸い込まれるように近づいて本を手に取った。少し前に芥川賞を受賞した朝比奈秋さんの本だった。この本を読むこと
今より少しでも姉の気持ちに寄り添えるようになれるかもしれない、と救いを求めるように手に取った。物語は想像とは少し違っていて、出産時にお母さんが脳に障害をおった少女の目線で書かれていた。物語は母の葬儀から始まる。そして乳児から徐々に成長して大人の女性になり、結婚して子供の母になるまでの間の母や他の患者さんとの関わりへと続いていく。深刻な内容かと思いきや、日常が淡々と描かれている文章に自然と惹き込まれて一気に読みきった。あまりに自然体でそれがまた反発心なく心に入り込んでくる。まるでぐちゃぐちゃ頭で考えている私がおかしいくらいに感じた。少女にとってお母さんは、抱きしめてくれることはない、笑いかけてくれることもない。困ったとき相談しても何かアドバイスをくれる訳でもなかった。でもいつもそこにいて、温かかった。寂しいときは側にいてくれたし、母乳も出た。お父さんやおばあちゃんに怒られて悲しかった時、思春期になって友達とうまくいかなかったとき、少女はお母さんに会いに行って話した。母はただ黙って最後まで話を聞いてくれる存在だった。少女にとってお母さんはいつもそこにいて、触れると温かい大切な居場所だった。
 
 
目の前にいる我が子はいつも触れると温かい。髪は伸びる。爪も伸びる。心臓の鼓動が規則正しく打ち、熱が出たり痛みを感じるといつもより早く打つ。姉はそんなまりちゃんと毎日一緒に過ごす。別に特別なことを望んでいる訳ではない。体調が悪くなったら元気になってほしい。1日でも1秒でもいいからそのまま一緒にいたい。ただそれだけなんだ。
そう思うと姉の行動や思いが前よりわかるような気がした。
 
 一年前の夏、まりちゃんは亡くなった。8歳だった。短い生涯だったのか、ここまでよくいろんな困難を乗り越えて長生きしたのか、よくわからない。姉はひどく落ち込んでいたが気丈に振る舞っていた。姉はとても病弱な人だったが、まりちゃんの母になってからとても強くなった。でもそんなことはどうでもいい。まりちゃんが生まれてきた意味とか、まりちゃんが私たちに残してくれたものとか、そんなこともどうでもいい。まりちゃんは生きていた。透き通るような白い肌にピンクの頬でいつも静かに眠っていた。私はまりちゃんの叔母だった。
 
 
 
 
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2024-12-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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