ひとり旅でみた鬼の正体
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記事:谷上 リサ(ライティング・ゼミ9月コース)
「具合が悪くて行けなくなった」
出発の日の朝、母はそう言った。
私は伯母の家にひとりで行くことになった。
ひとり行きが決まった瞬間、私は不安に襲われた。
というのも、伯母は20年前に筋力が弱まる病気を発症しており、
普段は訪問介護をお願いしているのだが、正月中は母が来るのでそれを断っており、
私が母の代わりに家事やお風呂の介助などをすることになる、
伯母とは20年ぶりの再会で、親戚の中では一番厳しかったことや、幼少の頃から関西弁のハスキーボイスにもかなり圧を感じていた記憶が今さらながら蘇り、
この大役が自分に務まるのか不安だったのだ。
しかし、その不安は夫の
「いいね、ひとり旅」
というあっけらかんとしたひと言で、前向きな気持ちへと変わった。
そういえば、ひとり旅など何年ぶりだろう……
品川駅で新幹線が乗り入れる頃には、その姿をカメラに収めるほど気分は高揚していた。
新幹線は、あっと言う間に富士山の前を通りすぎ京都に到着した。
そこから天橋立ゆきの列車に乗ると、一気にローカル感が増し、車窓の風景を堪能することができる。
窓枠は額縁のごとく、流れる風景は全て一枚の絵に切り取れそうなくらい美しい。
通り過ぎてしまうのが惜しくてビデオをずっと撮り続けた。
ビデオには、列車の音が入るのもいい。
ガタンゴトンという音がゴーと深く響く音に変わったら、鉄橋の上を通っている合図であり、その音が聞こえたら、窓にへばりついて下を見るべきである。
なぜならば、渓谷と川の素晴らしい景色をかなりの確率で見ることができるからだ。
そうやって窓にへばりついている私とは対照的に、向かい側にはカーテンをぴったり閉めて寝ている乗客がいる。その様子を見てもったいないと思うが、よく考えてみれば、私も電車からTOKYOドームが見えるたびにビデオは撮らないので、私が浮かれているのは明らかだった。
そんな浮かれた気持ちのまま伯母の家に到着すると、伯母も嬉しそうに出迎えてくれた。
難聴が進み電話では話しづらくなっていた伯母と顔を見て言葉を交わせるだけでも来た甲斐があった。
普段は訪問介護の方が週に何人か来ておりキッチンは誰が見ても分かるようよく整理されており、冷蔵庫の中にも母があらかじめ送っていた食料が潤沢にあった。
うちでも、こうしておけばやる気が持続するのだなと感心しながら、
テーブルに目をやると、伯母の大好物のバームクーヘンがあり、
3箱のうち1箱はすでに半分になっていた。
翌朝カーテンを開けると、目の前に広がる壮大な山の風景に驚いた。
低く広がる山に雲がかる景色は幻想的で、あまり見つめすぎると吸い込まれそうになって怖い気さえした。
そのうち山の上の雲はなくなり日が差してきたので、
散策がてら自転車を走らせていると天橋立に辿り着いた。
日本三景のひとつと言われるその場所は、今から4000年前、海流と海流がぶつかって砂礫が海中に堆積しできた海の真ん中を通る珍しい道であり、観光地である。
「弁当を忘れても傘は忘れるな」
と言い伝えられるくらい天気が変わりやすい場所でもあるのだが、
帰りは雨にやられて絶景を自転車で突っ切ることになった。
しかし、突っ走ったのは雨だけのせいではない。
自転車が錆びておりサドルが下がらず、足が地面ギリギリだったのと、
伯母の夕食の準備の時間が迫っていたからだ。
帰ったら、バームクーヘンが2箱空になっていたので、慌てて夕食の準備をした。
母が近くに鬼の伝説で有名な山があると言っていたのを思い出し、伯母に尋ねると
「それは大江山のこと、漂流した外国人の姿を見て、昔の人は鬼と間違えたって言われてるんや、背は大きいし、目の色は違うし、見たこともない姿だったからそう思ったんやなあ」
鬼の伝説には諸説あるようだが、地元の伯母からは何とも現実的な答えが返ってきたのが印象的である。
料理人に会ったら料理のこと、
運転手に会ったらクルマのこと、
知ったかぶりせずに、素直な気持ちで聞いてみると世界が広がって楽しい
というのは有名なお笑いタレントの名言だが、
私は伯母に会ったら、本の話を聞こうと決めていた。
無類の書物好きの伯母の最近のオススメが知りたかったのだ。
すると、伯母は時代物を勧めてきた。自分では絶対に選ばないタイプの本だったが勧めてもらうと不思議と読めるもので、
その日を皮切りに、伯母の家は深夜営業の図書館になった。
初日は深夜2時まで、つぎの日は3時と深夜営業は続いた。
朝は家事をし、昼は観光、夜は読書をしているうちに、帰る日が翌日に迫っていた。
今夜の深夜営業は、何時までかな? と楽しみにしていると、伯母は22時という早い時間にさっさと消灯してしまった。
翌日の帰りを気にして、心を鬼にした、伯母らしい取り計らいだったのかもしれない。
帰り際に、鬼の住む大江山は何処なのか聞いたら、ベランダの前を指さされた。
大江山の鬼は漂流した外国人だったかもしれないが、そのすぐ前には、心に優しい鬼をもつ伯母が住んでいた。
***
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