心の井戸の住人たち
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:しんがき 佐世(さよ)(ライティング・ゼミ9月コース)
誰にでも「なんか苦手」な人がいるものだ。
わたしの場合、それは父親だ。
なんというか、もう、なんか苦手だ。
深く考えることを避けてきた。
それは、喜怒哀楽のすべてを「やばい」で片付けてしまう人のようだ。
美味しくて「やばい」、悲しくて「やばい」、ムカついて「やばい」、楽しくて「やばい」。
(他に表現ないのかな)と内心思っていたが、「なんか苦手」で父を片付けるわたしも、変わらない。
ある人に言われたことがある。
「あなたの家庭環境は、本来、落ち着けるはずの家の中に『貞子の井戸』があるようなもの」
ホラー映画の?!
喩えのすごさに笑って、妙に心に残った。
そのとおりだった。
わたしの心の家には、井戸がある。
昏くておぞましいものが、そこに居る。
たぶん、父だ。
わたしにとって父は、わかりやすさ偏重の現代の逆をいく、わかりにくくカオスな存在だ。
苦手だが、嫌いではない。
育ててくれて感謝している。尊敬もしている。
一緒にいると気詰まりだが、幸せを願う。
父は責任感が強く、物心ついた頃のわたしが最初に目指した「大人」だった。
父の父は早く亡くなり、父の母は心臓を患って働けなかった。
若くして生活に困窮した影響か、父は結婚して余裕ができても、「楽しみ」を日々の優先順位に置かなかった。
子どもの頃の記憶に、食卓に置かれた、パセリだけが山盛りになった皿がある。
わたしたちきょうだいに、父が言う。
「野菜は食べなければならない。
皿に盛られたものは好き嫌いせず食べるべきだ」
「ねば・べき」の圧力は、憶えていたい思い出を選ばせてくれない。
母が作ってくれた具たくさんの味噌汁やニラ玉、芋の天ぷら、カレーなど、美味しい料理があったはずなのに、真っ先にでてくる記憶の一皿は、てんこ盛りのパセリ。
父の威圧感にしぶしぶ、ごわつくパセリを口いっぱい頬張って食べた苦い記憶。
学業や生活態度など、褒める以上にダメ出しが多かった。
子どもの頃のわたしは父に殴られて布団に逃げたが、十代になると「うるさい!」と父を殴り返すこともあった。
外では人見知りのメガネ娘は、父の前では反抗的なヤンキーになった。
酒に酔って記憶を失くすたび、父は暴言を吐き、周囲と、父自身を深く傷つけていった。
進学で育った島を離れ、やっと、のびのび呼吸ができる気がした。
親元から離れてほっとした。
ほっとしている自分が嫌だった。
井の中の蛙大海を知らず。
島を出て、いろんな人の家庭環境を聞くと、わたし以外にも、心の家に「貞子の井戸」を持つ人たちがいた。
罪悪感を植えつける母親、ネグレクトの父親、劣等感できょうだい仲を裂いた親。
おぞましい気持ちが潜む井戸を、ひっそり抱える人たちがいた。
年を重ねるほどに丸くなる人と、頑なになる人がいる。
父は後者だった。
ある年の暮れ、帰省した子や孫たちのために、父は島で獲れたての立派な魚を捌いた。
寒さにかじかむ手で、丁寧に鱗を取り、三枚に下ろした。
ところが冷蔵庫に入りきれず、父が勝手口の外に置いた脂の乗ったごちそうは、目を離した隙に野良猫かカラスにまるごとかっさらわれて消えた。
「だから室内に入れてと何度も言ったのに」
咎める母に、父が声を荒げる。
「取られないよう重しをしていた!」
「取られたじゃない」
「うるさい! うるさい!」
怒鳴り散らし、寒空の下に飛び出す父。
「お刺身たべたかった」と悲しむ孫、険悪な空気に固まる義理息子。
カオスな年の瀬。
悲劇は喜劇に似ている。
先日、めずらしく父から電話があった。
気まずそうな表情が、無音で伝わる。
用件は、先日実家に帰ったとき、父が酔ってわたしたちを怒鳴った夜の謝罪だった。
翌日、母が怖い顔でたしなめたが、当の本人に記憶になく、よけい不安になったのだろう。
「お前たちに、悪いことを言ったみたいだな。すまんかった」
見たくないわたしの一部分が、父の中にある。
認めたくないが、いびつな優しさと卑屈さもよく似ている。
父の勇気を借りて、たどたどしく、わたしも勇気を出してみた。
記憶を失くして辛い思いをしない方策について提案した。
「認知症」や「物忘れ」という言葉に抵抗を感じるのは知っているので、言葉を回り道しながら、伝えてみた。
記憶の彼方で暴言を吐き、周りの信頼を失わないために、専門家に話を聞いてみないかと。
沈黙、のち
「そういうのは俺はもういい切るぞ」
唐突に通話が終わる。
「……くそが!」
心の井戸、貞子の隣でヤンキーが吠えた。
最近、父が「なんか苦手」な理由が少しずつわかってきた。
父は優しい。
しかし、父自身に、優しくないのだ。
自己犠牲をしいて誰かの役に立とうとし、うまくいかなくて怒りが爆発する。
結果、他者満足も中途半端になる。
そんな父の空回りする優しさと、やり場のない怒りに、わたしは悔しくて泣いている。
父は、他者の願いを叶えることに必死で、自分の願いに気づこうとしない。
レストランで「何食べたい?」と訊いても「これでいい」と適当に指差す。
「どこに行きたい?」と訊いても「お前たちの行きたいところでいい」とにべもない。
他者への優しさの反面、自己をないがしろにする冷たさに気づいていない。
心の深い場所にある井戸をおそるおそる覗き込むと、そこにはわたし自身の姿も映っている。
人は変えられない。
わかっているのにあがいてしまう。
今日も井戸の内壁を引っ掻く貞子は、わたしだ。
貞子のとなりで、リーゼント頭のヤンキーがうんこ座り。
リーゼント頭の上に、井の中の蛙がちょこんと乗っかっている。
大海を知りたそうに、丸い空を見上げている。
どんな絵面。
我が心の井戸は、本日もおぞましくにぎやかで滑稽だ。
悲劇は喜劇に似ている。
「人生を受け入れる」と捉えれば、どこか潔い。
「人生を諦める」と捉えれば、すこし悲しい。
空回りする父の優しさが、酒で記憶を飛ばすたび周りから人が離れていく。
どこかイライラして悲しそうに
「これでいい」と言う父に、
「よくない」と
父から継いだ遺伝子が、わたしの中で暴れる。
わたしに、父という「他者」は変えられない。
だけど、わたしはわたしを変えられる。
昏い心の井戸から目を背ける父。
かたや井戸の中の、貞子とヤンキーと蛙を知った娘。
見たくないものを見る勇気は、単なる蛮勇ではない。
浅い自己否定でごまかすのでもない。
自分にとって苦々しい人物を、ただ無思考に視界から追い出すのでもない。
心に昏い井戸があろうとも、幸せになりたい。
ヤンキーが、貞子を抱きかかえる。
貞子の頭上で蛙が跳ねる。
貞子とヤンキーと蛙、力を合わせ井戸の外へGOだ。
井戸から這い出たら、周りを恐怖に、あるいは苦笑いを誘うだろうか。
本人おおまじめなほど、他人には滑稽な井戸の中。
認めざるをえない、認めたくない自分の一部分。
「なんか苦手」な父も、井戸でもがく面々も、どれもすべてわたしだ。
おぞましくも愛しい、わたしの一部分だ。
お父さん大好き。
お母さん大好き。
きょうだい大好き。
心に暗がりのない、まっすぐ明るい人。
そんなふうに、シンプルに幸せに生きたかった。
悲しむ貞子を横目に、ヤンキーが腕まくりする。
上等だ。
カオスに幸せに生きてやる。
「なんか苦手」な存在が、人生をやばいほどタフにする。
***
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