メディアグランプリ

キャベツよ、さようなら……。シニア世代のインフレサバイバル

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:大木朗(ライティング・ゼミ11月コース)
 
 
私は、未だに朝刊を手に取るアナログ派である。毎朝、郵便受けに届く紙の新聞の中には、必ずと言っていいほどスーパーのチラシが挟まれている。その紙面を一枚一枚めくるたび、まるで時代の息吹や現実の変化が目の前に広がるかのような感覚に襲われる。ある朝、いつものように新聞を手に取った瞬間、スーパーのチラシに目が留まり、「何これ?」と無意識に声が漏れてしまった。もしかして印刷ミスではないか、と疑念が走るほどに、キャベツ一玉が498円、ブロッコリーが248円、キュウリが1本90円という、かつては考えられなかった価格がずらりと並んでいたのだ。長い間慣れ親しんできた日常が一変し、現実が容赦なく変貌してしまった。
 
買い物に出かけ、レジで合計金額を確認するたびに、思わず息をのみ目を見張る。以前なら、自慢の計算力でほぼ正確に金額を推測できたものだが、最近では予想していた金額に比べ、いつも3割ぐらい高くなっている。数字が表示窓に映し出されるたび、かつての安心感は影を潜め、現実の厳しさに驚かされる。
 
30年以上もの長きにわたるデフレ社会に慣れ親しんだ結果、私の感覚はある種の麻痺状態に陥っていた。しかし、今や物価の上昇は急激で、そのスピードに追いつくことは困難である。かつては緩やかに流れる時の中で、日常の細かな変動を感じ取る余裕があったが、急激な価格変動に対しては、心の準備が整っていない。
 
「平和な老後」は、今や「インフレサバイバル」とも呼ぶべき過酷な戦場へと変貌している。お米の価格は倍、さらには野菜が3割高、ガソリンが2割高もの価格上昇を実感している。まるで、誰かが無情にも人生のゲーム設定を「HARD」モードに切り替えたかのように、毎日の暮らしは挑戦と工夫の連続となっている。
 
この新たな時代の中で、節約のための知恵と工夫は生活の糧となっている。家計を守るため、食べるお米の量を慎重に見直し、その分、野菜やその他の食材をその日の中で最も安いものに絞るようにしている。時には、近所の複数のスーパーを足早に回り、どの店が最もお得な割引や特売を行っているのか見比べることもある。いくら知恵を絞っても、せいぜい10%の節約が限界であり、そこには現実の厳しさが常に付きまとう。
 
スーパーでの買い物は、今や現代の戦国時代と呼ぶにふさわしい。特売チラシを広げ、各商品の価格を分析する日々。どの店が最もお得かを頭に叩き込み、「敵(高値)の裏をかく作戦」を練る。野菜売り場に足を踏み入れると、そこはまるで戦場の前線のような光景が広がる。キャベツの前で足を止め、「キャベツよ、さようなら……」と心の中で静かに呟く瞬間、少しの哀愁が感じられる。紙のチラシもネット上の情報も、どちらもその瞬間の生々しい現実を映し出し、時刻とともに変動する価格に一喜一憂せざるを得ない。
 
月に一度訪れる大売出しの日は、特に激しい戦乱の舞台となる。開店前の薄暗い通りには、シニアたちが集い、期待と不安が入り混じった空気が漂っている。開店のベルが鳴ると同時に、人々は入口に殺到し、カートの奪い合いや商品を巡る取り合いが勃発する。買い物客同士が譲り合うことなく、ひたすらに前へと進もうとするその姿は、まるで昔の戦国武将たちが戦場に赴くかのようだ。中には、「あのおっさんが邪魔で前に進めん!」と大声で不満を口にする者もおり、その言葉は、聞いているこちらも思わずため息が出るほどだ。
 
また、ガソリン代の高騰も家計に大きな打撃を与えている。かつては、リッター120円台だった燃料が、今や190円を超える日が続く。以前は、妻から運転が荒いと指摘されることもあったが、今ではエコ運転を徹底し、燃費の向上に努める日々だ。それでも、いつかは限界が訪れると感じ、我慢強くコストコでの給油を選択している。先月は、リッター162円で給油に成功し、かろうじて節約の兆しを感じたものの、その効果は一時的であり、次なる上昇に対する不安は拭えない。
 
こうした日々の苦闘は、単なる節約努力に留まらず、一種の冒険と化している。食料品を少しでも安く手に入れることができたとき、妻とともにその小さな戦果を祝い、互いの知恵と工夫が勝利に繋がったことを実感する。「物価は上がっても、我々の知恵と根性がそれを打ち破る!」という信念が、家族だけでなく、同じ境遇のシニア仲間の心にも静かに根付いている。困難な経済状況の中で、互いに励まし合いながら歩む日々は、新たな冒険の物語の一ページとなっている。
 
さらに、生活全体に対する価値観も変わりつつある。かつては、ゆったりとした平穏な老後を夢見ていたが、今やそれは経済の荒波に揉まれるサバイバルの日々へとシフトしている。街角の小さな商店から大型スーパーに至るまで、あらゆる場所で目にする価格の変動は、我々の日常生活に直接影響を及ぼす。家族や近隣の友人との会話の中で、経済の動向や市場のトレンドについて熱心に議論することが増え、老後の生活設計はもはや単なる静かな日常ではなく、一大プロジェクトへと進化している。
 
こうして積み重ねられる一つひとつの経験は、私たちシニアにとって新たな冒険の始まりを意味する。時には不安にいら立ち、未来への見通しが不透明になる瞬間もあるが、毎朝の新聞とチラシに刻まれた数字の変動を見るたびに、心のどこかで小さな興奮を覚え、次なる一手を探し求める。平穏な老後の夢はもはや遠い昔の記憶かもしれないが、その代わりに、知恵と工夫で切り拓かれる新しい生活様式が、我々シニアにとっての希望の光となっている。過酷な現実の中で、おかしくもないのに笑い合い、励まし合いながら歩む日々は新鮮だ。
 
 
 
 
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2025-02-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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