探し物☆WARS
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:和田 千尋(ライティング・ゼミ3月コース)
「ナイッス~~♪」
明るい声が響き渡る。試合で好プレーが出た時やタイミングの良い行為などに対し、笑顔とともにかけられる嬉しい言葉。
しかし残念ながら、私が良く聞くのは
「無いっす~~」
探し物の最中の悲痛な叫びだ。
大手文具メーカであるコクヨが2022年1月に行った調査によると、人が1日のうち探しものに費やす時間は平均13.5分だそうだ。年間に換算すると54時間。苦行ともいえる時間を過ごさねばならない。
ジェンダーレスを目指す現代において、はなはだ恐縮な話題だが、脳科学的に男女には差があるという。トリセツシリーズの著者である黒川氏によると、男性は遠くの目標を素早くとらえ、空間全体を理解するのが得意。女性は半径3メートル以内、また自分が大切にしているものの周辺を綿密に見るという特徴がある。太古の時代、男性は遠くまで狩りに出かけ、女性は残って子供を育て、木の実や海産物を採取する役割だったことによるものだ。
そのため男の中の男である夫と息子は探し物が苦手である。見当違いのところを漁っては「無いっす~~」を繰り返す。そこで私の登場。女の中の女(オホン)であり、家具の配置から引き出しの中身までを熟知している私は、ヒアリングをし、無くす前の違和感を彼らの行動から探し出す。「眼鏡かけたまま顔を洗おうとして、横に眼鏡を置いてなかったっけ?それからどうした?」。数分後、猟犬が獲物を咥えるがごとく意気揚々と、目当てのものを彼らの目の先に突き出してみせる。娘とて私には適わない。なぜなら彼女は片付けを全くしないので、家の中をわかっていないからだ。したがって私は探し物コンサルタントとして我が家に君臨している。
そのため当然、自分の探し物の時には共闘してくれる第三者がいない。最初は一緒にさがしてくれた家人も、私のツボを押さえた探しっぷりに、手伝わなくても問題ないと判断したのか、1人また1人と通常生活に戻っていく。その結果1人で「無いっす~~」を繰り返す羽目になる。
先日「HELLO」の文字をかたどったラインストーンのブローチを無くした。着けて出かけ、帰宅後所定の引き出しに入れたはず……なのだが、無い。クローゼットの服やバッグの中など、ありそうな場所全てを探したが……無い。それまでの行動をなぞる。「あの日を帰って、疲れた~と言いながらカバンを床において……」。
数日間あらゆる引き出しをひっくり返し、数々の隙間を捜索しつくした。万事休す。ただし無いとわかると俄然欲しくなる。新たに購入しようとサイトを見たが「完売」。店舗在庫欄も「在庫なし」。メルカリなどのリセールにも咬みつかんばかりに目を通す。すでにモノを失くした可哀そうな人から執着の鬼へと変貌を遂げている。たまりかねて己の心に問いかける。「冷静になれ。そこまで必要なのか」と。
ひりつくような執着はいったん収まったものの、やはりブローチをつけて可愛く笑う(あくまで脳内イメージです)自分の姿が頭から離れない。購入という道も断たれ、未練たらしく捜索を続行しながら、帰宅後すぐに全てを片付ける習慣のなかった自分を呪う。なぜあの日ブローチを付けようと思ってしまったのか。なぜときどき胸についているか確認をしなかったのか。何度も経験した身もだえするほどの後悔にさいなまれる。
一通りのことは試した。いまだに収納していた引き出しを通り過ぎる際に、無いとわかっていても探してしまう。一方で外で落としたんだ、あきらめたら楽だよとささやく自分とも戦い続けている。このままでは自分に負けてしまう。一生未練をかかえて過ごさなくてはならない。新たな切り口が必要だ。
孫氏の兵法「善く戦う者は、勝ち易きに勝つ者なり」。戦法を練り直し、第二章の火蓋を切る。
戦いの極意その1。情報分析
もう一度丁寧にその日の朝からの行動を思い起こす。当日撮った写真があるが、角度が悪くブローチがついているかを見ることは出来ない。ブローチはシャツにつけていた。ストッパーがついているので通常であれば針がシャツからはずれたり、落ちることはない。しかし当日はシャツの上からコートを着ていた。コートにこすれて落ちた可能性はあるかもしれない。運が悪かった。縁もなかったのだ。ゆっくりとだが確実に、出てこなかった事実を受け入れられるよう心構えをつくっていく。
戦いの極意その2 全力であたる
先入観を持たず全くあり得ないところも探してみる。関係ないと思った人にも見ていないか聞きまくる
戦いの極意その3 定石をなぞる
忘れた頃に出てくるという失くしものセオリーにのっとり、いったんあきらめたふりをしてみる
戦いの極意その4 神頼み
行った先々の神社で柏手を打ち仏閣で頼みまくる
そうこうしているうち九州へと旅行に出かけていた娘から、お気に入りのセーターを着て微笑んでいる写真とともにラインが届く
「HELLOのブローチ探してた?」
「ついてた!」
旅先で持参のセーターを着用したら、件のブローチがついていたと言う。後日娘のセーターを借用した際に、つけて出かけていたのだ。歓喜。そうだった! そうだった!!! 娘のセーターまで確認していなかった。
世界が一変した。この上ない幸福感。数週間たった今でもほんのりとあの時の残り香のような高揚を感じることができる。この幸せを得るために、あのモノ探しという苦行があったのだと思えた。人は幸せになりたいと願う。お金持ちになりたい、試験に合格したい、容姿が良くなりたい。あの人に勝ちたい。様々な願いのなかで、「失くしものが出てきてほしい」は比較的叶いやすい願いと言える。しかし成就した瞬間の歓喜は他と遜色ない。「ナイッス~~!」などでは言い表せない圧倒的幸福感だった。
幸福な瞬間はいくつあっても良い。1つでも多く幸せだと感じられる瞬間を持つことが生きる意義だと誰かが言っていた。探し物に費やす時間を苦行と評した。だが見方を変え、あの幸福感を得るための投資だと考えると、年間54時間は俄然価値があるように思えてくる。
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