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カトリック教会はタイムマシンになる


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記事:及川佳織(ライティング特講)
 
 
教会へ行くのが好きだ。それも、旅先で出会う古いカトリック教会は、私にとって特別な場所である。
 
たとえば、長崎の浦上天主堂。
あっけらかんとした青空の下、キリシタン弾圧の歴史と、被爆の記憶が重なる天主堂には、今もそこここに原爆の爪痕が残っている。ゆっくり足を進めながら、自然に唇をかみしめてしまう。
しかし、ここには泣き叫ぶ声も、苦しみを物語る言葉もなく、すべてがあるがままにたたずんでいる。この教会は、そうして長い時間を過ごしてきたのだ。
 
たとえば、バチカンのサン・ピエトロ寺院。
わいわいと写真を撮りながら歩いてきた観光客のグループと一緒に中に入ると、誰もがいっせいに言葉を失った。行き止まりがわからないほど高い天井、途方もない手間と時間がかかった驕奢な装飾。しかし何よりも圧倒されたのはみっしりと濃い空気だった。
なぜここだけこんな空気なのだろう。その空気を押しのけるように歩いていくと、突然、聖歌が聴こえた。ちょうどミサの時間だったのか、それとも歌の練習をしていたのか。濃い空気を震わせるように歌が届き続けていた。
 
たとえば、佐世保の三浦町教会。
一緒に出張した同僚たちと、食事をする場所を探しながら歩いていると、突然目の前に現れた丘の上の教会。ライトアップされ、両手を広げて空を仰ぐキリスト像。息をのんだ。何を見ているだろうか。ここへ来る人はみんな、こうしてキリスト像を、キリストの見上げる空を見上げるのだろう。
教会を訪問することはかなわない。でもここへ来ることができてよかった。同僚たちに遅れながら、しばらくの間、動くことができなかった。
 
たとえば、上海の徐家匯天主教堂。
20世紀初めに建てられ、東洋一の大聖堂として世界に知られたという。今は高い現代的なビルが周囲に立ち並び、当時の壮大さは想像するしかないけれど。
聖堂内にはぎっしりと木のベンチが並んでいる。その数がこの地の人々の信仰を語っている。ここにどれほどの人が座り、祈りをささげてきたのだろう。
 
どこの教会も、ひんやりと濃い空気の中で、時間がゆっくり流れる。静かにきしむ木の音、どこからともなく聞こえてくる聖歌。その中で私は一つの場所をくっきりと思い出す。
 
それは幼稚園だ。
 
私はカトリックの幼稚園に通っていた。そこに入れられたのは、母がミッションスクールの出身だったからだと思う。かといって、母の実家がクリスチャンだったわけでもない。祖父が5人の子どものうち、たった1人の女の子だった母を猫かわいがりし、お嬢さん学校に入れただけだったのだと思う。
 
当然、私もクリスチャンではない。しかし、4歳5歳の頃に毎日触れていたことを、人はそう簡単に忘れないのではないか。もう記憶にないと思っていても、身体のどこかに残っていて、教会に足を踏み入れると、内側からにじみ出してくるのだ。
 
幼稚園には、ふつうの服を着た「先生」と、修道服を着た「シスター」がいた。それからカナダ出身で日本語がたどたどしい「神父さま」。お祈りの言葉は文語体で、ちっとも意味がわからなかったが、だからこそ呪文のように覚えてしまった。2000年以降、お祈りはすべて口語体で唱えるそうだが、私は今でも文語体のお祈りを唱えることができる。
 
園の建物はどこも木でできていた。扉も床も、机も椅子も、少し角が丸くなり、時にはギシギシと音を立てた。でも当時はそんな建物はたくさんあったし、古くさいとも暗いとも怖いとも思わなかった。
 
もちろん幼稚園なのだから、みんなで歌を歌ったり、絵を描いたり、お遊戯をしたり、砂遊びをしたりしたはずだ。でも私は、そういう子どもらしい遊びをしたことよりも、お祈りをささげた木の部屋の中のことばかり覚えている。
 
玄関の横に不思議な部屋があった。人が3人入ればいっぱいになるような小さな部屋。中には何もない。扉が開いている時にのぞくと、すりガラスを通して光が弱く差し込み、ほんの少し埃のにおいがした。きっと、子どもが勝手に入ってはいけない、大切な場所に違いない。中に入るときっとすごく静かで、気持ちが落ち着いて、温かいのだろうと思っていた。
 
今考えれば、そこは単なる物置だったのかもしれない。あるいは、気持ちのコントロールができなくなった子どもを一時的に隔離するような部屋だったのかもしれない。でも当時の私には、侵してはならない神聖な場所だった。
 
なんでもない日々。神父さまもシスターも先生もみんな立派な人で、大人はみんな優しい。少し古びた木の部屋に光が差していて、きれいな音楽やたどたどしいお祈りが聴こえる場所。
 
今でもカトリック教会に行くと、あの頃と同じ空気があり、同じ時間が流れているように感じる。そこにいると教会はタイムマシンとなって、あの頃の場所へ私を連れていくのである。
 
 
 
 
***

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2025-04-03 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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