メディアグランプリ

俺と親父とハイレグと


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記事:としあん(ライティング・ゼミ3月コース)
 
 
ずいぶん前になるが、俺が中学2年の頃の話だ。親父と母親が離婚し、俺は親父と暮らすことになった。
 
もともと俺は、どちらかといえば母親っ子だった。だからこそ、説明もなく突然出て行った母親のことが、当時の俺には余計に許せなかった。
 
親父から「どっちと暮らしたい?」と聞かれたとき、俺には迷いはなかった。
 
「親父と暮らす」
 
意外そうな、きょとんとした親父の表情が、いまでも思い出される。
 
こうして、男2人のぎこちない生活が始まったのだった。
 
暮らしはガラリと変わった。親父は自営業で日々忙しく、帰りも遅い。だから自然と、毎日の買い物や食事の支度は俺がやるようになった。やったこともない炊事だったが、やってみると案外楽しかった。学校から帰ってきて台所に立ち、夕飯を用意する。親父が帰ってきて、それを食べる。
 
「なんか惜しいな、もう一味ほしい」「今度、醤油じゃなくてポン酢でやってみたら?」
 
そんな風に言われると、ムカッとする反面、次こそはうまいもんを、と闘志に火がついた。味の研究をして、試行錯誤を重ねる毎日。中2男子が、部活より真剣に料理に打ち込んでいた。
 
親父とは、それまであまり会話をした記憶がなかった。仕事が忙しくて、朝も夜も顔を合わせる時間は少なかった。たまに話すときは、親父が一方的に面白い昔話をしてくれる。会社のこと、若い頃の失敗談、ちょっとした武勇伝。表情豊かに話すその姿を見るのは好きだったけれど、対等な会話というよりは、どこか「聞いてあげる時間」だった気がする。
 
そんな関係だったから、いざ二人暮らしになると、最初はなんだか照れくさかった。毎日顔を合わせて、同じ食卓を囲んで、会話をする。妙に「男同士」を意識してしまって、落ち着かなかった。
 
でも、共通点もあった。二人とも食べることが好きで、特に“うまいもの”には目がなかった。親父は各国料理の店に詳しくて、「アツ、うまいもん食いに行くか」が口癖だった。
 
ちなみに「アツ」というのは、俺のことだ。昔は「あっちゃん」と呼ばれていたが、「それはもう子どもっぽいからやめてくれ」と頼んだら、親父が提案してきたのが「アツ」だった。俺はその響きが気に入って、自然とそう呼ばれるようになった。
 
ある日、親父の昼休みに呼び出されて、外で飯を食うことになった。「どこ行きたい?」と聞かれて、俺は即答した。お気に入りのトンカツ屋だ。ヒレカツがやわらかくて、ご飯も味噌汁も、漬物までうまい。親父もその店が好きだった。
 
店の奥には小上がりの座敷があり、簡易的なついたてで3つの丸テーブルがゆるく仕切られている。仕切られてはいるけれど、横は丸見え、声は全部聞こえる。プライベート感はほぼゼロだ。
 
男2人の暮らしが始まったばかりで、俺は「親父ともっと近くなりたい」と思っていた。そうだ、下ネタだ。男子同士の距離を一気に縮めるには、やっぱりこれだ。
 
目の前にあった、バブル時代全開のビールのポスター。ギリギリのハイレグ姿。垂直落下かってくらいの角度でキマってる。
 
思わず、俺は言った。
 
「あのハイレグ、見えちゃいそうだね」
 
——沈黙。
 
親父が、箸を止めてこちらを見て言った。
 
「アツって、やらしいんだね……」
 
……うそだろ?
 
俺の未来予想図では、こんなはずじゃなかった。当然、男友達のあの感じで「ほんとだな〜」とか、「おまえもそんなこと言うようになったか」みたいな、
笑い混じりの軽い返しを期待していたのだ。俺は未知の扉を開いたつもりだったのに、その先にはしん……とした空気が流れただけだった。
 
言葉が宙に浮いたまま、俺は後悔の念に包まれた。あぁ、あの一言、プレイバック。取り消したい。巻き戻したい。できることなら編集してなかったことにしたい。
 
あれ以来、親父との会話に下ネタが登場することは一切なかった。
 
でも今思えば、あの一撃チャレンジがなければ、俺は一生「親父に下ネタ、有り無し問題」を抱えて生きるところだった。結果として、親父との関係は、ハイレグを一歩手前で止めたような、ぎりぎりセーフの“清らかゾーン”に保たれたわけだ。
 
数年前、親父は亡くなった。
 
今でも心の中で親父と話をすることがあるけれど、もちろん下ネタは厳重に封印されている。絶対に開けてはならない、鍵付き、禁断の引き出しだ。
 
それでも時折、親父の声が俺の頭の中でまるでこだまのように再生される。
 
「アツって、やらしいんだね……」
 
きっとあのハイレグのおかげで、俺と親父の関係は清らかなままだったんだ。
 
親父がいなくなった今もなお、そのギリギリのラインは妙に愛おしく続いているのだ。
 
 
 
 
***

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2025-04-17 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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