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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:風間靖之(ライティング・ゼミ3月コース)
DVD貸すよ。相手はテレビもDVD機器も持っていない。善意からの申し出のつもりなのに、なんだかひどくオールド・ファッションな俺がいる。「有形」は古いのか。古いことはそんなに恥ずべきことですか。かわいいだけじゃだめですか。開き直って、オールド・スクールな自分を大胆に愛してみたいと思います。
昭和のこと。小遣いを手に、新宿の輸入レコード専門店に行く中学生でした。家やら塾やら、もろもろの制約でフラストレーションをかかえていた。不良になったり、スポーツで発散してもよかったのかもしれない。しかし、わたしはうるさい音楽をヘッドフォンで聴くことで別世界に浸るという方法を選んだ。ヘビーメタルの世界である。ある種の自傷行為的な側面もあったのかもしれんない。しかし、「別の世界」へ思いを馳せることによる「救済」だった。家系的に、浄土宗、浄土真宗の檀家だったからというわけではないが、メタルが学生時代、私的な「彼岸」だった。島国日本で海外の情報を知ることには、情熱と努力がいる。毎月、メタル専門雑誌を隅から隅まで熟読する。鎖国下の蘭学者ばりの熱意でもって。
当時、東京近郊の近所でも記憶している限り、5軒の貸しレコード屋があった。本当に、毎日、毎日、店を巡回し、チェックしていた。家にはそこそこのステレオが居間にあったが、スピーカーを通じて音を聴いたことは数えるほどしかない。父のステータス・オブジェだったのだ。音は父の秩序を乱す。レコードの音が聞こえれば、ステテコ姿で居間に飛んできて、電源を問答無用で切る。さらに、父はテレビやビデオのコントローラーを腹巻きの中に入れて、独占していた。これはこれで、いま思えば滑稽味があったのだが、弾圧と独占によって反抗期のわたしはひねくれていく。
鬱屈の日々の中、救いを求めて駆け巡る貸しレコード屋の棚の中には、メジャーで無害なものによって満ち満ちていた。一方、父の圧政下にあって、わたしの嗜好はマイナーで有害なものへと大いに屈折していく。邪悪でまがまがしい悪魔の音楽は新宿西口の輸入レコード屋でしか入手できなかった。少ない予算を元手に、選びに選び抜いた一枚を手に、帰宅する電車のなか、アルバムジャケットを凝視し、思いを馳せる。期待と想像。至福の時間だった。こんなの聴くの俺だけだろうよ、という矜持もあった。令和では、こういう手間に悦びを見出すことをMっ気と呼ぶのだろうか。M。大いに結構。マゾヒスト上等。自分のMっ気すら丸ごと愛してみたい。
平成のことである。TSUTAYAには大いにお世話になった。いくつかの海外ドラマにはまる。エピソードの最後に仕掛けられた「つぎはどうなるんだろう」というフックで宙ぶらりんのまま、次のリリースを待つ。場合によっては、数週間も。いざTSUTAYAに行くと、最新エピソードが誰かに先越されてDVDが空になっている。百人一首で出し抜かれたときと同質のしてやられた感。不屈の待機期間を経て、やっとのことでこぎつけた最新エピソードを観る至福。マゾヒスト冥利につきる。
ところがどうでしょう。令和になりました。アルバムの文脈から切り離し、欲しい曲だけをダウンロードする。サブスクリプションだから、待つ必要はない。便利な世の中になったものだ。アーティストのコンセプトを度外視して、必要な部分だけを聴く。書籍のタイトルにもあったが、早送りで映画を観る。Mは、不便を買って出る。おごそかにこう言おう。「Mは豊かさだ」。
東洋思想のなかでも老荘思想が好きだ。荘子の「井戸掘りの老人」というストーリーがある。旅人が、畑で老人が大きな甕(かめ)をもって、行ったり来たり、井戸水の汲み上げをしているのを目にする。大変な苦労に見える。旅人は不憫に思い、滑車を使った井戸のつるべを使えばもって楽に効率的に畑を耕せるだろうと示唆する。老人の答えはこうだ。「わしは、自分の力でゆっくりと水を汲み上げ、畑を耕すことに喜びを感じている。骨身を惜しまず働くことで、体も丈夫になり、心も満たされるのです。便利な道具に頼って楽をすることは、一見良いようですが、結局は自分の内面を損なうことになるのです」。便利な道具に頼ると作為的で技巧的な心が生まれ、ずる賢い考えや人を欺く心へ通じていく。すると素朴で純粋な心が失われ、心が濁り、精神が安定せず、邪道に陥る。
レコード盤やカセットテープの人気が再燃しているという。「手間ひま」、「不便」、「素朴さ」
が行き過ぎた「便利さ」の虚しさを埋め合わせているのに違いない。それをMというのであれば、百歩譲って、Mをこう再定義することで、結びとさせていただきたい。Mという生き方は、表面的な便利さにとらわれず、素朴で、純粋な心のまま、喜びと充実感を優先する生き方なのだ。「かわいい子には旅をさせろ」。反時代的なMエクスプレスのネバー・エンディング・ジャーニーの始まりだ。
Mのそしりニモマケズ、そんな攻めるマゾヒストにワタシハナリタイ。
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