その玉手箱、開けても大丈夫ですか?
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記事:前田 さやか(ライティング・ゼミ3月コース)
私はやらかした。
またしても、浦島太郎になってしまった。わかっていたはずなのに!
準備を怠って開ける「玉手箱」ほど、危険なものはないと。
実は一度、新婚旅行で「無知の玉手箱」を開けた経験が、私にはある。
それでも同じ失敗を繰り返してしまった。
玉手箱とは、誰しもが抱く「憧れ」である。その美しさや魅力に心を奪われ、現実を見失ったまま開けてしまうと、浦島太郎のように痛い目にあうのだ。
今回、私が開けてしまった玉手箱――それは、「ぴよりん」だった。
ひよこの形をした、超かわいいケーキ。女子なら思わず「かわいい!」を連発してしまうヤツ。いまや名古屋名物である。
藤井聡太棋士が対局中に食べたことで、その人気に火がついた。
そこかからだ。ぴよりんの店には、常に長蛇の列ができるようになった。
「ぴよりん……いつかは食べてみたい」
そう憧れながら、私は行列嫌いゆえ、指をくわえて見ていた。「そのうち熱も冷めるはず」と信じて、仕事帰りに行列チェックを欠かさなかった。
かれこれ、5年は経っただろうか。もう諦めかけていた頃。一方的な片思いが、ついに実る時が来たのだ。
「あれ、今日は行列が少ない」
これはチャンスだ! と、すかさず列に加わった。
並び始めて10分くらいで、ショーケースが見えてきた。まだまだぴよりんはたくさん残っていた。でも落ち着かない。
私の前には、スーツ姿の若い男性がいた。彼の背中を見ながら、心の中でつぶやいた。「……まさかこの人が全部買い占めたりしないよね」と。
そんな心配をよそに、店員が次々と補充する姿が見えた。
そして、ついに私の番が来た!
「ぴよりん2つください。それと……ぬいぐるみも!」
テンション爆上がりで、気がついたらグッズまで買い込んでいた。
「ご確認ください。ぴよりん2つです」
店員が箱の中を見せてくれる。ボール紙のバリケードで守られたぴよりんたち。ついに、私の家に連れて帰る日が来たのだ!清算を済ませ、足早に家路を急いだ。
――その直後だった。
向かいから来た人と肩がぶつかった。たいしたことない衝撃だったが、嫌な予感がした。帰宅してすぐ、箱に書かれた注意書きが目に飛び込んだ。
『ぴよりんは傾きやすいので、持ち運びの際はご注意ください』
「まじ? 早く教えてよ!」
思わず叫んでしまった。
夕飯を済ませ、ついに「開封の儀」。
感動のご対面――のはずだった。
「え? なにこれ?」私は泣きそうになった。ぴよりんは、横倒れになっていた。それだけではない。目やクチバシは飛び散り、もはや奇妙な珍獣と化していた。
私は打ちひしがれた。
「私の待ち焦がれた5年間って、何だったんだろう……」
「いや、味は美味しいはずだ!」
自分に言い聞かせ、珍獣ぴよりんをそっと口に運んだ。
「……あれ? 普通のプリンじゃん」妄想で膨らませたぴよりん像が、一瞬で崩れていった。「ああー、現実ってこんなもんなんだな……」しみじみと思った。
でもよくよく考えれば、ぴよりんは何も悪くない。勝手に「超かわいくて超美味しいもの」と決めつけていたのは、私だ。しかもショーケースには「倒れやすいので注意!」と書いてあった。それすらも浮かれすぎて、見落としていた。ぴよりんの中身だって、この時代だ。少し調べれば分かったはず。誰かがクチコミで書いていただろうに。全部、自分の浮かれっぷりが招いた悲劇だった。
またしてもやってしまった。
玉手箱を開ける前に、きちんと確認しなかった。
あれほど反省したはずなのに――。
新婚旅行で行った、ラスベガスのナイトツアーの記憶がよみがえった。憧れたネオンの夜景。ワクワクして申し込んだツアーだったが、現実は違った。
人工的にギラギラしただけの世界。
きわどい服のお姉さんが投げたネックレスをキャッチするゲーム。
アーケード街のプロジェクションマッピング。
「……? なんだこれ?」全然興奮できなかったのだ。
「来る前にもう少し情報を調べておけばよかった」
あのときも、今回も、同じ後悔をした。ぴよりんも、ラスベガスも、私にとっては綺麗な玉手箱だった。だが、中身を正確に知らないまま開けたから、傷ついてしまった。
つくづく思う。憧れを持つことは悪くない。むしろ、憧れがあるからこそ、頑張れることもある。でも、玉手箱を開けるとき――つまり現実と向き合うときは、事前に情報を集め、心構えをしておくべきだ。憧れだけで突っ走ると、ギャップに苦しむことになるから。
憧れと現実を絶妙にコントロールしている人を、私は知っている。
それが、福山雅治だ。
彼のラジオを聴いていると分かる。絶対に、家族や私生活のことを語らない。ファンに「素の福山雅治」を見せないのだ。つまり、自分の玉手箱を誰にも開けさせない。だからこそ、ファンの憧れは壊れないわけだ。
「憧れの玉手箱を開けさせない」これこそ、真のプロだと思う。
今日も駅にあるぴよりんの店には、長い列ができている。嬉しそうに並ぶ人たちを横目に、私はそっと心に誓った。
「もう二度と、準備なしに玉手箱を開けるまい」と。
***
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