意外な場所で生まれた家族の幸せな思い出と、その先に見えたもの
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:菊子(ライティング・ゼミ3月コース)
今、16週に渡って毎週2000字の記事を書いて提出する講座を受けている。まだ6回目なのに、もう書くテーマが見つからない。ここは相棒のタロットカードに相談だ! 占いは生活をよりよくする道具のひとつ。さて、どんなテーマが出てくるか。
……引いたカードは「カップの10」タロットカードで「カップ」は、トランプの「ハート」に相当する、情感や心の繋がりを表す。「10」は、数札の一番最後の数字で、各シンボルの示す世界のクライマックスにあたる。
「カップの10」は、空に虹がかかり、それを見上げた幸せそうな家族が描かれている。何気ない日常の中にある幸福や、願いの成就を表す、心が満ちるカードだ。
なるほど、家族の幸せか……
記憶をたどってみた。
家族で一番幸せだった頃の思い出。
それは、トイレの中にあった。
***
私が生まれた家は、昭和30年代くらいに建てられた、木造平屋の借家。木を何本か植えられるような庭はあったけれど、部屋は六畳と四畳半の二間しかなく、トイレは和式の汲み取り式。台所も風呂場もすべてが狭く、おままごとのような家だったけれど、両親と姉と私、そして父方の祖母の五人で暮らしていた。
ただでさえ狭すぎる環境と、厳しい祖母との同居が相まって、家の中にはいつも見えない緊張感があった。
母はいつもピリピリしていたし、父は外ではおしゃべりなのに家では黙ったままだった。祖母も笑顔を見たことはほとんどなく、姉は中学で弾けて母が学校に呼ばれたりしていた。
私はといえば、姉を反面教師にして、自分は親の手がかからない良い子になろうと、本心が言えない子供になりつつあった。
この家の中で、家族が楽しく笑いながら食事をしたというような、団らんの記憶がほとんどない。DVこそなかったけれど(いや、母の体罰はそこそこあったか)、皆が自身の心の内を見せ合うような空気感はなく、不幸ではないが幸福とは少しばかり縁の薄い家庭だったと思う。
*
私が中学に上がる頃、トイレは祖母の足の衰えに合わせて、上から被せただけの即席洋式トイレになった。ほどなくして祖母は施設へ入居してしまったが、被せたものを外すのも面倒なので、トイレは洋式のままとなった。
洋式トイレになって一番変わったことは、扉に掛けたカレンダーが、座りながらよく眺められるようになったこと。
自分のカレンダーにマジックで予定を書き込む母は、トイレにもマジックを置き、ここのカレンダーに家族への連絡を書き込むようになった。すると、絵の好きな姉が落書きをしたり、私や母がそこにコメントをつけたりと、さながら掲示板のようになった。
カレンダーの空白が減ってきたころ、驚いたことに父も参加してきた。顔を合わせても相変わらずしゃべらない父だったけれど、くだらないおやじギャグを書いたりして楽しそうだった。
気がつけば、家の中にあった緊張感は消えていた。
私はいつも、トイレに入って新しい書き込みを見るのが楽しみだった。初めて家族の連帯感を感じて、ずっと続けばよいのにと思った。今まで生きてきた中で一番、家族の心の交流があった時代だったと思う。毎日に嬉しさがあった。
でも、残念なことにその時代は長く続かない。
大家から、家の建て替えを前提とした立ち退き依頼があり、引っ越さざるを得なくなった。
昭和の家から移った新居は、二階建ての3K。母はキッチンを居城とし、居間は父の部屋兼両親の寝室となった。姉と私は初めて自室ができたけれど、居間をなくしたことで家族が一緒に食事をしなくなった。
肝心のトイレは広かった。もちろん水洗。でも和式。もともと私以外は和式派だったので、洋式にはしなかった。
最初は皆、あの掲示板が失われたことを残念に思っているみたいだったけれど、この家のトイレはあの書き込みしやすかった環境からは遠く、ちらりとしか目をやらない扉にカレンダーは掛けられなかった。
あの時の心の交流は、雨上がりの空に一瞬だけ現れた虹のようだった。鮮やかに見えていたのもつかの間、新居に来たら跡形もなく消えてしまった。
*
父は今から10年ほど前に他界した。
母はもともと「もう離婚すればいいのに」と思うくらい、長年父への嫌悪を募らせていた。その結果、父の入院や葬儀、納骨にも一切顔を出さない徹底した塩対応ぶりで親類縁者をドン引きさせた。
父は、晩年になってから家での口数はだいぶ増えたけれど、元々が古い時代の男だったので、母の心の溝は最後まで埋まらなかったらしい。
その母も、父がいなくなったことで何か解放されたのか、その3年後に切れた凧のように天へ行ってしまった。
時々思う。
もし、あの時、引っ越さずに住み続けていられたら。
空にかかった虹は、ずっと消えずにいたのかもしれない。
***
言葉を交わすことは、簡単に見えて難しい。
心を通わせることは、もっと難しい。
人とコミュニケーションをはかろうとすると、お互いの想いの摩擦が起こる。嬉しいことなら力をもらえたりする。傷つくことなら怖れが出たり、気力や時間が失われたりする。
コミュニケーションをはからなくなった時、待っているのは「主観による思い込み」に囚われた世界な気がする。母は、そんな閉じた世界にいたように思う。
そしてそれは私にも言えた。関係が面倒で諦めたことも、憎んで終わらせたこともあった。
でも、あのトイレの中で、直接は言わなくても文字にしたことで繋がる心があった。ささやかでも、想いを伝え合うことができたら。信頼関係や相互理解を深められるとしたら。生き方も未来も変わるんじゃないだろうか。
この世界には、「私」がいて、たくさんの「あなた」がいる。あなたと「関わらない」という選択もできる。でも、「敬意をもって関わる」ことを選んだ時、そこからはじめて開けていく「信頼の世界」はきっと、存在すると思う。
対話するということは、「想像のあなた」から「本当のあなた」を知ろうとすることでもあるように思う。そしてそれは、「本当の私」を知ってもらうことにも繋がる。
「カップの10」は、心が繋がり愛が満ちて、願いが叶った状態だ。深い部分まで理解し合えたとき、お互いの間に虹がかかるのかもしれない。
***
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