見られても、はみ出しても、ドヤ顔で進め
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:としあん(ライティング・ゼミ3月コース)
最近、街で視線を感じることが増えた。
ついに俺も憧れの的か?――そんな都合のいい妄想が頭をよぎる。
背筋を伸ばして、ちょっとドヤ顔をかましながら歩く。
だが、すぐに悟った。
彼らが見ていたのは、俺の顔でも、イケてる体型でも……なかった。
彼らの視線が向かっていたのは――俺の股間だった。
こ、股間? 俺の!?
そろりと自分の視線を股間に落とす。
ああ、そうか――と、静かに納得した。
俺が履いていたのは、サルエルパンツだったのだ。
サルエルパンツは、股上が異様に深い。
履くと、どこまでがお尻で、どこから足が始まっているのか、よくわからない。
しかもそのうえ、ものすごく短足に見える。
普段見慣れている人体のバランスとは、明らかにズレたシルエットになる。
もともとサルエルパンツは、中東や北アフリカの伝統的な民族衣装。
これを再解釈し、アバンギャルドなデザインへと昇華させたのが、コムデギャルソンだった。
コムデギャルソンは、1970年代から「常識を覆す」をブランドの核としてきた。
オーバーサイズ、非対称、解体的なフォルム、さまざまな手法を駆使し、
ファッションの既成概念を次々に打ち壊してきた。
サルエルパンツもその流れの中で生まれた新たなボトムスだ。
奇妙にズレたこのシルエットは、ただ奇抜なだけではない。
“着る人の個性を解き放つ”ための、静かな反乱だったのだ。
おそらく、通りすがりの人たちが感じたのは、
「うわ、オシャレ……!」という憧れではない。
「なんだあれ?」という、どこか異物を見るような感覚だったのだろう。
思い出すのは、以前コムデギャルソン青山本店の前を通りかかったときのこと。
そのとき俺の隣を、スーツ姿の男性とワンピース姿の女性、いかにも「きちんとした格好」をした二人組が歩いていた。
たまたま俺と並ぶように歩いていて、ギャルソンの店の前を過ぎるとき、二人は俺を追い抜きながら、ふと小さな声でつぶやいた。
「かっこいいと思ってるのかね」
その言葉のあと、二人はクスッと顔を見合わせて笑った。
その笑いには、どこか、バカにするようなニュアンスが漂っていた。
ギャルソンの店員が着ていたのは、人体の立体感を無視したかのような、平面的な構造の服だった。
布と布を合わせただけのような、不思議な存在感を放っていた。
モードを知らない人が見れば、どう見ても「変」な服だ。
けれど、そこには、形としての面白さと、常識を壊そうとする意図がぎっしり詰まっていた。
似たような話を、以前雑誌で読んだことがある。
ある老舗の生地メーカーの社長が、インタビューの中でこんなことを語っていた。
自社で手間暇かけて、きれいに仕上げた高品質な生地には、モード系のファッションブランドのバイヤーたちはほとんど興味を示さないという。
逆に、仕上げや染めに失敗して、メーカー側からすれば「これは使えないな」と思っていた生地に、バイヤーたちは食いついてくる。
「このムラ感が面白い。ぜひ製品に使いたい」
そう言われるのだという。
生地屋にとっての「失敗作」が、ファッションの最先端にとっては「可能性のかたまり」なのだ。
供給側の常識と、モードファッション側の感覚のあいだには、思っている以上に大きなズレがある。
でも、まさにそこにこそ、新しい価値の芽が隠れている。
これはまさに、クオリアの違いだ。
誰もが、自分だけの世界を生きている。
見ているもの、感じるもの、響いてくるもの。
それは誰一人、完全には同じではない。
クオリアとは、
「世界をどう感じているか」という、私たち一人ひとりにしかわからない、生の体験そのものだ。
同じカレーを食べても、
ある人は「辛い」と感じ、
別の人は「それほどでもない」と感じる。
言葉で「辛いね」と言い合ったとしても、
その辛さが同じかどうかは、誰にもわからない。
科学的にスコヴィル値を測ったとしても、
「辛い」と思う度合いは、人それぞれだ。
それでも人は、経験や文化を通じて、少しずつ感覚をすり合わせながら、世界を共有している。
「これくらいの辛さを感じるはずだ」という共通認識を育てながら、
それでもなお、ほんの小さな違い――クオリアの違い――を持ち続けている。
それはファッションの世界でも、まったく同じ。
同じものを見ても、感じ方は人それぞれだ。
誰かにとっては奇妙に映る服が、
別の誰かには新鮮で美しく映る。
常識からはみ出したデザインが、
ある人には「違和感」であり、またある人には「新しさ」になる。
この無数の感じ方が、ファッションを生き生きと揺り動かし、
世界を少しずつ広げてきた。
違っていい。
感じ方は自由だ。
そして、それぞれが抱える違い――クオリアの違い――こそが、
新しい美しさを、未来を、作っていくのだと思う。
どう見られようと、どこからはみ出そうと、
俺は今日も、この違和感とともに歩いていく。
股間に、そっと視線を集めながら。
***
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