虎の咆哮が止まる夜に
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記事:土佐 徳彦(ライティング・ゼミ集中コース)
私の父は虎になる。
毎晩10時半を過ぎ、父が眠りにつくと、「が~ごぉ~が~ごぉ」という低い唸り声へと変わっていく。その音は夜が深まるにつれて強さを増し、窓ガラスを微かに震わせるほどになる。
まるで動物園の檻の中に一頭の孤独な虎が閉じ込められているかのように。
幼い頃から、父のいびきは夜の風景の一部だった。最初は恐ろしく感じたが、やがて慣れてきた。むしろ、その音が聞こえないと不安になるほどだった。
それは父の存在を示す証のようなものだった。疲労感や日中の強烈な眠気も、働き盛りの父親にとっては当然のことだと思っていた。
父の机の上には常に複数のコーヒーカップが並んでいた。黒く冷たくなったコーヒーを飲み干し、また新しいカップを手に取る。その繰り返しで昼過ぎまで意識を保っているようだった。
変化をもたらしたのは、小学校四年生の妹だった。
「お父さんのいびき観察日記」
自由研究のタイトルを見た時、私は少し笑った。
しかし、妹は真剣だった。録音機を手に、毎晩父のいびきを記録し始めた。
彼女は部屋の片隅に座り、真剣な面持ちで時計と録音機を交互に見つめていた。そして最も重要なことに気づいた——父の呼吸が、時々完全に止まることを。
「お姉ちゃん、パパの息が止まってる」と妹は不安げに言った。
「10秒、15秒……時々20秒も」 私は妹の観察結果に背筋が凍るのを感じた。
子供の自由研究が、突如として命に関わる警告に変わったのだ。睡眠時無呼吸症候群——その言葉を私は以前聞いたことがあった。健康番組で取り上げられていたのを、何気なく見ていたのだ。しかし、それが私たちの生活にこれほど近いところにあるとは思わなかった。
父は渋々ながらも専門医を訪れ、検査を受けた。翌朝、医師はデータが印刷された紙を広げながら告げた。
「一時間あたり平均42回もの無呼吸があります。これは重症です」
グラフには父の睡眠中の酸素飽和度が記録されていた。正常な値である95%以上から、無呼吸の際には80%近くまで急降下する線が、夜を通じて何度も繰り返されていた。
「無呼吸状態になると血中酸素濃度が低下します。長期間放置すると、高血圧、心臓疾患、脳卒中などのリスクが高まります。また、日中の強い眠気は交通事故などの危険も増加させます」
その言葉を聞いた時、何気ない日常が突如として危険な賭けのように思えた。父が運転する車に私たち姉妹を乗せていたことも、すべてが薄氷を踏むような危うさを孕んでいたのだ。
医師は「CPAP」と呼ばれる装置を処方した。持続陽圧呼吸療法。それは寝ている間、マスクを通して一定の圧力で空気を送り込み、気道の閉塞を防ぐ機械だ。
父が初めてそのマスクを装着した夜、妹は思わず泣き出した。「パパが死んでる!」と。確かに、顔の半分をマスクで覆われた姿には、生命維持装置を付けた患者のような印象があった。
二ヶ月も経つと、変化が現れ始めた。朝、父の目覚めが違った。表情にはっきりとした輝きが戻り、日中のあくび回数も減少した。何より、あの虎の咆哮のような音が、私たちの家から消え去ったのだ。
睡眠時無呼吸症候群の怖さは、その静かな進行にある。多くの患者は自分が病気だとは思わない。日中の眠気や疲労感を単なる加齢や仕事のストレスのせいだと考え、夜のいびきも平凡な現象として受け入れてしまう。しかし、その裏では毎晩何百回も小さな窒息が繰り返され、体の各器官に負担がかかり続けているのだ。
統計によれば、中高年男性の約15〜30%がこの症状を持っているとされる。しかし、実際に診断や治療を受けている人はその一部に過ぎない。あなたの周りにも、知らず知らずのうちに同じ症状で苦しんでいる人がいるかもしれない。
私たち家族が気づくきっかけとなったのは、妹の純粋な好奇心だった。もし彼女の「いびき観察日記」がなかったら、父はまだあの危険な状態で眠り続け、いつか取り返しのつかない事態を招いていたかもしれない。それは交通事故かもしれないし、突然の脳卒中かもしれない。
「お父さん、死なないでね」と言った妹の願いは、科学と医療の力によって叶えられた。
父は今、より健康に、より活力に満ちた日々を送っている。彼の目は以前より澄んでいて、笑顔も増えた。
眠りは人間にとって神秘的な行為の一つである。私たちは人生の約三分の一を眠って過ごす。しかし時に、その神秘の中に危険が潜んでいることを忘れてはならない。
あなたの大切な人の夜の咆哮に、耳を傾けてみてほしい。
それは単なるいびきではなく、体からの重要なメッセージかもしれないのだから。
あの日から、我が家では虎の咆哮が止まった。
沈黙の夜に、私たちは父の安らかな寝息を聴き、命の息吹を感じている。
時に恐ろしいほどの静けさだが、その静寂こそが、父の新たな生の証なのだ。
***
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