花を飾る効能
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記事:大崎かよ(ライティング・ゼミ5月コース)
「最近、花を飾るのが好きなんです」
何気なく、こう話題に出したとき「枯れるものを買って意味あるの?」と返されたことがある。その時、なんと答えたのかまったく覚えていないけれど、当時の私にはまともな返事は、期待できなかったに違いない。
仕事終わりに行きつけのお花屋さんで花を選んでいる時、ふとその時の言葉が蘇った。
確かにせっかく花を購入しても、切り花の寿命は短く、わずか1週間ほどで萎れてしまう。
花を長持ちさせるために毎日、水を替え延命剤を入れるようにはしている。
だけど、ベースアップがあっても結局、手取りは増えていない気がする今の時代に、何か形が残るわけでもない切り花にお金を払うなんて、身の程に余る贅沢なことなのかもしれない。
そう考えて、隙間が空いている花屋のガラス戸の出入口に目を向けた。
「花は枯れちゃう、確かにそうだけど。私、どうして花を飾ってるんだっけ」
日々を忙しく過ごしていると、立ち止まれない疑問も金曜の夜は、不思議と対峙できる気がする。色とりどりの花を眺めながら思考の海に揺られていると、カーテンを閉め切った真っ暗な部屋が、記憶の底から滲み出てきた。
私は過去、引きこもりだった時期がある。
真っ暗な部屋でベッドに横になっているだけで1日、1週間、1年があっという間に過ぎ去った。引きこもりでいることも楽なようでいて、なかなかハードだ。周りが人生の駒を進めていくなかで、私だけ何もしていない時間が恐ろしいスピードで積み重なっていく。焦りは十二分にあるのに、それが行動にできないことへのいら立ち、諦めの感情がカーテンを閉め切った暗い部屋に充満しているように思えた。そんな状況だったから、私が生きているのか死んでいるのか、家族も当の本人さえも分からなかった。
ほとんど生きる屍に近く、自殺をする気力さえも湧かなかったのは、不幸中の幸いだったのかもしれない。
私の世界は家の中だけに留まっていたから、美しいものに飢えていた、と思う。
引きこもりのときはそんな風に思いもしなかったけれど、外の世界へ一歩、足を踏み出してみると、河川敷を埋め尽くさんとする桜吹雪に感動し、
電車から見る新緑の輝きに目を見張り、
遥か遠くにある水平線に魅入った。(外食の味の濃さにも圧倒された(笑))
もちろん、引きこもりからの脱却は良いことばかりをもたらしたわけではなかった。
ずっと自宅にいた私は、おとぎ話の浦島太郎状態で社会的な生活を取り戻すのに長い時間がかかった。買い物ひとつに戸惑い(店員さんに話しかけられて逃げる)、気温にあった適切な服のコーデも分からない。外に出ただけですぐに疲れ果てるので、片付ける元気も残っておらず、真っ暗だった部屋から抜け出したと思ったら、自室が荒れていた。
花を飾ったきっかけは、思い出せない。
多分、衝動的に一輪だけ花を買い、自室に置いたのだと思う。その時、買った花の色も種類も覚えていないけれど、床の間の渋い色の花瓶を拝借したことだけは、記憶に残っている。
引きこもり期間の長かった私は、自宅でも美しいものを見たい、そう考えたのかもしれない。
ただ、花を飾るだけ。私自身も軽い気持ちだったその行為が、生活に思いもよらない効能をもたらした。自室に美しい花があるというだけで、散らかった部屋を片付けたくなり、朝は早く起きて水を換え、花屋に通うのが習慣になった。私の乱れがちだった生活リズムは、花のおかげでうまく回りだした。生活だけではなく、心にもその効能は波及した。花に目を向けてその美しさに感動できるときは元気なとき。花に見向きもできず必死なときは、自分をケアするタイミング。花を通して、自分の生活を整え、心の余裕を測っているいるうちに、
私は引きこもり当時、羨望していた日の当たる場所へ戻ってきていた。
あの時を振り返ると私の身に起こった出来事は、「割れ窓理論」に当てはまる部分があるのかもしれない。「割れ窓理論」とは、建物の窓が1枚割れているのを放置すると、他の窓も次々と割られ、最終的には建物全体が荒れ果てていくという理論で、人の行動は環境に強く影響されることを明らかにしている。私は花を身近に置いたことで部屋も、生活リズムも整い、自立を助ける大きな要素になった。
引きこもりが遠い過去になった今も花を生けることは、続けている。それは、引きこもりに逆行しないためなのかもしれない。だけど、日々、水揚げをしたり要らない葉を切ったりする花のお世話をできる自分でいられることが嬉しいのかもしれない、とも思う。社会人として仕事をしていると時折、すべてを投げ出したくなることもある。でも、決して投げ出さず、小さな一歩を積み重ねられるのは、私が一度立ち止まった経験があるからだと思う。
もう、あんな経験はコリゴリ。でも、ときどき私の混沌としたモラトリアムに愛しさをおぼえることもある。色んなことを失ったけれど、この気持ちだけで十分じゃないか、と思う。
枯れるものを買って意味があるのかと問われた時、返す言葉が見つからなかったけれど、この人にとってはお金を払うほどでもない花ひとつ、そんな小さなことが人生を少しずつ動かしていくこともある、私はそう言えるようになった。
***
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