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結婚してから恋愛しよう


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記事:及川佳織(ライティング・ゼミ3月コース)
 
 
20年ほど前、家庭の都合で札幌に転居した。
 
行く前は、どちらかと言うと新しい土地に期待があった。何かこれまでにない経験ができるに違いない。きりっと冷たい空気、広々とした景色、おいしい食べ物。都会なのに自然があり、なんとなくあか抜けた街のイメージ。楽しみだった。
 
行ってみると、「これまでにない経験」というのは、確かにその通りだったが、想像とはまったく違っていた。
 
世界的に珍しい降雪量。凍った雪と新雪と溶けた雪が混ざり、その都度歩き方を変えなければならない。それでも滑って転び、青あざができる。異常なほど暑い暖房、ビルの外との温度差に身体がついていかない。逆に夏でも日陰が肌寒く、一年中長袖が手放せない。汗をかかないので、なんとなく体調が悪い。
 
一番つらかったのは、厚い雲に覆われ、いつでも薄暗い冬の半年間だった。雪が珍しいのは最初の1年だけで、後はひたすら息を殺して生活することになるとは思わなかった。
 
しかも、友人がほとんどいない。わずかな知人はそれぞれ仕事もあり、新しい土地でうろたえている私をかまってくれるわけではない。
 
東京でやっていた仕事を続けることができなかった。自分の武器である中国語を生かせる場所もなかった。
 
どうしていいかわからず、ほとんど鬱に近い状態になった。
 
しかも、いつまで札幌にいることになるかわからない。もしかすると、一生いることになるかもしれない。このまま札幌を嫌い、憎み続けていれば、きっと私はつぶれてしまうだろう。
 
このままではダメだ。札幌にいることを、プラスに考えられるようにならなければ。何か、1つだけでいい、この街のいいところを見つけよう。これがあるからこの街で暮らせるのだと思おう。嘘でもこじつけでもいい。無理に、何かを見つけよう。
 
*****
 
私の世代は、もう恋愛結婚が当たり前の世代だった。好きになって、それを深めて、私の伴侶はこの人、と決める。それが普通だと思っていた。
 
でも、中にはお見合い結婚をする友人もいた。
 
えっ、あの子、お見合いなの? まあ、そういう人もいるよね。相手がいい人だったらいいんじゃない。でも私はやっぱり恋愛結婚がいいなあ。
 
たいていはそんな反応だったが、ある時こんな意見を聞いたのである。
 
恋愛してから結婚するのもいいし、結婚してから恋愛するのもいい。
 
当時の私は、そんなことはありえないと思っていた。結婚してから好きになれなかったら、どうするんだろう。ものすごく大きな、失敗できない賭けだ。そんなにうまくいくことばかりじゃない。お見合いはお見合いであって、無理に肯定しなくてもいい。
 
しかし年を取ると、そんな結婚もあると思えるようになった。実際に、お見合い結婚をして、本当に仲のいい夫婦になる人も見てきた。人を好きになるのは、結婚までの短い時間だけで完結するわけではない。むしろ、結婚してからの長い年月に、ずっとその人を好きでいられるのか。それこそが恋愛だ。
 
そう、札幌を好きになるには、先に札幌と結婚してしまおう。何か1つ、「自分の好きな札幌」を決めてしまうんだ。なんでもいい、ゆっくり、それと向き合って、少しずつ好きになって、札幌での暮らしを楽しいと思おう。もしどうしても好きになれず、失敗したとしても、これは結婚じゃないんだから、傷ついたり誰かを傷つけたりするわけじゃない。次を探して再婚すればいいだけだ。
 
*****
 
そして私が選んだのは、大通公園だった。きれいだから。単純な理由だ。
 
日本人ならほとんど知らない人のいない札幌の名所。市の中心にあり、何か用事で出かけると、必ず通過する。「結婚相手」を知るために、途中下車して立ち寄ることは簡単だった。
 
春にはライラック祭り。初夏にはよさこいソーラン。夏にはビアガーデン。秋にはフードフェス。暮れにはクリスマスマーケット。冬には雪まつり。1年じゅう何かのイベントをやっているこの場所は楽しかった。
 
イベントのない時、サンドイッチやおにぎりを持って行き、遊んでいる子どもたちを眺めながらベンチで食べた。花を見て、緑を見て、落ち葉を見た。デジカメを携えて、散歩をしながらスナップを撮った。いい写真がたまると、写真屋さんでミニアルバムを作った。短いコメントを添えて、ブログにアップした。
 
「私が札幌で一番好きな場所」はこうして少しずつ育っていった。お見合い結婚した夫婦の愛情が育っていくように。
 
結局その後、私は札幌を離れることになった。移転の前に大通公園に行った。孤独感でいっぱいだった私を救ってくれた場所。その頃には、もう「ここを離れたくない」とさえ思った。
 
今でも時々札幌を訪れ、大通公園に行く。行くたびに、少し様変わりしたなと思う。だからといって見知らぬ場所には決してならない。この場所に立つと、「いつでもまたおいで」と言われている気がするのである。
 
 
 
 
***

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2025-06-26 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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