芍薬:「いたしません!」って、言えたら咲けますか?
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記事:キャサリン.(ライティング・ゼミ7月コース)
芍薬が咲くのは5月から6月の頃。春の終わりから初夏にかけての間(あわい)の季節、春と夏の境界がやさしく揺らぐ時を選んで花ひらく。でもその季節の曖昧さとは裏腹に、芍薬の咲っぷりと言ったら潔いことこの上ない。
芍薬が好きな理由は、ゴージャスで存在感があって、何よりハッキリしてるから。私にないものばかり持っているから。
蕾の時は、強い意志で硬く硬くつぼみ、時には花蜜のコーティングでガードするかのように、がっちりと身を包んでいる。咲く気ゼロの意志を感じる硬さは、ギュッと結ばれた組ひもみたいで、付け入る隙がない。芍薬の蕾は、蜜がついたままだとうまく咲くことができないそうだ。だから、到着したばかりの芍薬との最初のご挨拶は、蕾のコーティングをやさしく拭き取るところから。濡らしたキッチンペーパーでそっとなでる。ベタベタしなくなったら、蕾を指の腹でほぐすように、いろんな方向からやさしく押してマッサージ。そして、一番外側の葉っぱのような、花びらのような数枚を、そっと開いて、「ようこそ私のお家へ。咲いてくれますか?」と心の中で声をかける。
まるで、秘密をほどく儀式のように、私は毎年その“はじまり”に立ち会っている。
するとある日、優しくふんわりと、そして魔法のようなスピードで花ひらく。すっかり咲いた姿は、「どうぞワタシをご覧なさい」とばかりに堂々と誇らしげで、蕾のころの硬さはウソのようだ。顔を近づけて、ほんのりと高貴な香りを深呼吸する。八重咲の芍薬だと花びらは20枚以上、中には100枚を超えるものもあるらしい。蜜蜂になって花芯めがけて頭から突っ込んでみたら、そこには花びらが樹海のように広がっているのだろうか。
息をのむほどの美しさに数日うっとりしていると、芍薬は何の前触れもなく、ある日突然、バサっと散る。
この散り方が嫌いな人もいるらしい。確かにちょっと乱暴だし、ほんとに「バサッ」っと音を立てるから、一瞬「ビクッ」とする。でも、そのくらいハッキリしているのが芍薬だ。たくさんの花びらが一気にごっそりと落ちるさまは、むしろその潔さが爽快だ、と感じるのは少数派だろうか。
以前バレエをやっていた頃は、踊りがぼんやりしていることが悩みだった。ハッキリ踊れるようになりたかったけれど、そういう踊り方は技術がいるし、素人にそう簡単にできるものではない。バレエは12年くらい習っていたものの、やればやるほど、バレエの難しさに打ちのめされた。だけどハッキリ踊れるってかっこいい! いつかそんな風に踊ってみたかった。
今では、そういう踊り方というのは、筋肉や体幹だけじゃなく、心も強くないとできないんだろうな、と思っている。
もう引退してしまったけれど、100年に一人の逸材といわれたバレエダンサー、シルヴィ・ギエムは、まさに強靭な身体と心の持ち主だったと思う。確か、彼女の好きな花は芍薬だと何かで読んだことがあった。自分に似てるから、好きなのかな。無いものねだりをしないところが彼女らしい。
「マドモアゼル・ノン」という皮肉交じりの異名で呼ばれることもあった彼女は「いたしません!」でお馴染みのドクターX、大門未知子のようでもある。あの「いたしません!」もまた、ギエムにも芍薬に負けない揺るぎなさが気持ちいい。
ところがこの「いたしません!」がすんなり言えずに、悩んでしまうのがこのワタクシだ。
毎年、芍薬の季節が巡ってくるたび必ず飾りたくなる。芍薬は「バサッ」と私に知らせてくれる。
「終わったわよ!!」
「これ以上、もう咲きません!」
「いたしません!」
私は「ビクッ」としながら思い知る。
始めることだけでなく、終わることもまた、大事なんだね。もういい加減、ぼんやりした自分を終わらせる時だ。私も、硬い蕾をほどいて、堂々と誇らしげに、高貴な香りが立ち昇るような人になりたい。くっきりと美しいラインで、輪郭の際立つ人でいたい。そして、咲くときも散る時も、自分で時を選ぶんだ。ギエムさまの足元にも及ばないけれど、強く美しく、何より自由に咲くことが、その輝きをより鮮やかにするのかもしれない。
とはいえ私のような凡人は、まずは「いたしません!」と言えるようになるところから。高望みは失望の元だ。地に足をつけて堅実に行こうではないか。「いたしません!」って、言えたら、私は咲けるのかな。そんなこんなですっかり思いを巡らせていると、きっとまた聞こえてくるんだろう。
「バサッ!」
「ビクッ!!」
来年も芍薬の季節が楽しみだ。
***
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