私はシャネルNo.5はつけない
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:及川佳織(ライティング・ゼミ7月コース)
あ、これか……。
プレゼントのラッピングを開いて真っ先に思ったのはこれだった。中から出てきたのは、シャネルNo.5だった。
香水の中の香水。甘く、どちらかといえば重い香り。すてきなプレゼントではあったが、私には素直に喜べない思い出があった。
高校生の頃、つきあっていた同級生がいた。どこにでもいる高校生カップルがするように、私たちもお互いの誕生日にプレゼントを贈りあった。映画を見て、駅前のケンタッキーフライドチキンに入り、プレゼントを渡す。彼にはフェイスタオルに名前を刺しゅうして贈ったり、彼からは小さな誕生石のネックレスをもらったり。平凡でささやかな高校生のデートだった。
ところが、ある年の誕生日、「バイトして買った」と言われ、もらったのがシャネルNo.5のオーデコロンだったのである。
香水という、少し背伸びした贈り物にぱっと気持ちが華やいだ。いつかは自分も香水を使うような女性になりたい。それを先取りして実現してくれた彼が、自分より一歩大人なように思えて、頼もしいと感じたものだ。
反面、分不相応なプレゼントに困惑もした。そもそも、うちの高校はアルバイト禁止である。私へのプレゼントのために彼が校則を破ったことにも、なんとなく責任を感じた。
家に帰ってボトルを開け、少し使ってみると、別世界の香りがした。埃だらけの制服を着て、バスケットボール部で毎日汗にまみれている私が、これを使う場面がまったく想像できなかった。
今になれば、シャネルNo.5という選択に問題があったと思う。たまのデートに使うにしても、この香水は大人の女性のもので、高校生が使うものではない気がする。
現在の高校生は香水を使うのも当たり前だし、種類やブランドにも詳しいが、当時の高校生にそんな知識はない。私に香水をプレゼントしたいと思った時に思いついたのが、超がつくほど有名だったこの香水しかなかったのに違いない。
その後、彼とはそれぞれ大学に進み、次第に疎遠になって別れてしまった。もらったオーデコロンをどれくらい使ったのか、もう覚えていない。いつしか、ボトルも手元からなくなった。
それから大人になっても、私はずっと香水を使わなかった。使ってみたい気持ちはあっても、選び方がわからず、買い方もわからない。思い切って買ってみようと思っても、シャネルNo.5よりいいものを選べる自信がなかった。
そんな時、仲のいい外国の友だちがプレゼントしてくれたのが、カルヴァン・クラインのオブセッションである。「これ、似合いそうだと思って」と手渡してくれた香水は、スパイシーで力強い。私はいっぺんで気に入り、海外に行くと免税店で買い求めたりして、何年も愛用した。
ところが、ある時からお店でオブセッションを見かけなくなった。ネットで探しても見つからない。しばらく探したが、ついに製造中止になったのかもしれないと思ってあきらめ、また香水を使わない生活に戻ってしまった。
それから数年後、またその友人に会う機会があった。彼女は「もういい年になったんだから、こういう香りのほうがふさわしいよ」と言い、手渡してくれたのがシャネルNo.5だったのである。
あ、これか……。
高校生の頃の、ちぐはぐな感覚がよみがえった。
久しぶりにかいだ香りは華やかだけれど甘く、重かった。この時になってやっと、私はこの香水が好きじゃなかったとわかったのである。
くれた友だちには悪いけれど、たぶん私は使わない。昔のことを思い出すとチクッと胸が痛むけれど、だから使わないのではなく、好きじゃないから。
やっぱり私はオブセッションが好きだったな。そう思うと、またあの香りに出会いたくなった。製造中止になっていたとしても、同じようなテイストのものがきっとあるはず。この時になってやっと私は、香水を買うため、店に足を運ぶことにしたのである。
ネットで見つけた香水専門店の店主はとても明るい人だった。シャネルNo.5をもらったけど好きになれないこと、以前もらったオブセッションがすごく気に入っていたことを告げると、またたく間に、「だったらこれはどうかな」と3種類の香水を出してくれた。
「年をとったら使っちゃダメってわけじゃないけど、カルヴァン・クライン自体、若い人が使うイメージはあるわね」。
「オブセッションが好きなら、きっとこういうのが気に入ると思う」。
プロというのはすごい。1000種類以上の中からものの10秒で選んでくれた3種類は、どれも私の好きな香りで、オブセッションを使っていた頃の、背筋が伸びるような感覚があった。なぜもっと早くプロに相談しなかったのか。
結局、真っ先に出してくれたカルティエのラ・パンテールという香水を選んだ。今はもう2本目である。
出かける前、ラ・パンテールを手に取った時、シャネルNo.5を思い出すことがある。私には合わなかったけれど、ちょっと背伸びをすること、自分の好きな香りを選ぶことを教えてくれた香水。使うことはないけど、もう一度香りをかいでみたい気もする。
***
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