お墓でファンができた話
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記事:愛野美奈(ライティング・ゼミ7月コース)
やっと父の一周忌法要が終わった。
この一年は私にはかなりの試練の年になった。昨年夏。今年と同様の暑い日に父が突然倒れて亡くなってしまって以来、喪主をつとめ、片付けやら、相続手続きやら、死後必要になる手続きを一通り全て終えた。今は少し燃え尽き症候群かもしれない。
父は脱サラして、果樹園をしていた。母は7年前に他界している。以来父はひとりで小規模ながら柑橘を育てていた。いつも伊予柑、甘夏、みかんなどを送ってくれていた。
当たり前のように我が家にはみかん箱があり、オレンジ色の何らかの柑橘が部屋にあり余るほどだったし、香りがしているのが普通だった。
慣れないながらも喪主を務め、四十九日の法要の日が近づいた。霊園から、お供物のお菓子を用意するように言われて、市販のものにしようかとも思ったが、父の友人が送ってくれた甘夏マーマレードの瓶が冷蔵庫にあったのを思い出し、クッキーを作ることを思いついた。実は、いただきもののレモンクッキーがとても美味しくて、真似して作りたいと思っていたのだった。しかし焼くのは私ではない。焼き菓子が好きな娘だ。小学生くらいから、バレンタインや友達の誕生日には手作りクッキーなどお菓子を作っては交換しあっていて評判も良かったのだ。
バタバタと過ぎた日々の中でも、父の無農薬の甘夏を愛してくれていた友人の存在がありがたかった。送ってもらった手作りの甘夏のマーマレードはトーストに塗ると甘酸っぱく、バターとの相性も最高で美味しくてすぐひと瓶食べてしまうほどだ。それで、クッキーをよく焼く娘に、父の甘夏マーマレードのクッキーが作れないかと相談してみた。レシピを調べながら、以外と簡単だ、というので試作してもらったら、とても美味しかった。父がお墓に納まってしまう四十九日の法要にお供えにしたいと娘に言うと、快く製作を引き受けてくれた。夜通したくさん焼いて一緒にラッピングして、カゴに盛った。
法要の当日、受付を済ませると、係の人が祭壇にお花とクッキーを美しくお供えしてくれた。
「すいません、こちらは手作りですか?」と担当の女性に聞かれた。
「娘が昨日焼きました」と伝えると、じっと見て「これはとても美味しそう!」と言われ、くすぐったい気持ちになった。というのも、かなり見た目が素朴でいかにも子供の手作りだったからだ。
「手作りお菓子のお供物で、お孫さんからお爺様への真心がこもっていていいですね」と言ってくれた。おそらく、多種多様なお菓子を見ているであろうし、お裾分けももらうだろう。そんな舌が肥えている彼女達の言葉は、お世辞ではないと感じた。
なんだか嬉しく思ったので、素朴な子供の手作りでお口に合うかわかりませんがと、参列の親族、友人だけでなく、受付のみなさんにもお裾分けをした。後日、マーマレード名人の父友人にも、彼女の手作りをクッキー生地に練り込んだ「特製マーマレードクッキー」お供えしたと報告をした。
娘は当時、製菓学校入学を目指す高校生だった。偶然にも父が亡くなる前の最後の誕生日の日が学校説明会で、一緒に参加したあと、父の誕生日を家族みなでお祝いして、父には学校の報告をしていた。その日が家族最後のお寿司屋さんでのお祝いになるとは思いもしなかった。娘はその学校に入りたいと父にも話していたと思う。けれど合格の知らせを待たずして、父は旅立ってしまった。
そして、一周忌法要の日が来た。またもや私は残っていたマーマレードでクッキー製作を娘にお願いした。製菓学校に通いはじめて腕をあげた娘のクッキーはさらに美味しくなって、見た目も多少は洗練されてきていた。また焼いて、ラッピングして、カゴに盛られた。
係の人が「これ、娘さんのクッキーですよね?」
「娘の手作りですが、まさか昨年のクッキーを覚えているのですか?」
「美味しかったので覚えていますよ」
まさか、覚えているとは! 私は娘のクッキーのファンができたみたいで嬉しくなった。おそらく、各ブランドの美味しいお菓子のお裾分けをもらうだろう彼女達が、わざわざ覚えていてくれた娘のかなり素朴な手作りクッキーだ。
もちろん、今年も彼女達にも配って喜んでもらえた。たくさんの人が利用する場所だけに、ほぼ一年前に食べたクッキーを覚えているとは意外だった。娘に伝えるととても嬉しそうだった。そしてその様子を見て何より喜んでいるのは、父だろう。
自分が作った甘夏。それが友人の手によりマーマレードになり、さらにクッキーになり、あの世の父へと供えられているのだから。本当は、一緒に紅茶を飲みながらクッキーを味わうお茶タイムをしたかった。叶わないけれど、娘のクッキーには、もうファンがいて、世に出るのを待っていてくれる人達がいる。それに気づいたのが父の一周忌の法要であり、我が先祖のお墓の前だった。
父とのお別れの場だけれど、娘のクッキーのファン達に出会えた場だ。墓地という思いもよらない場所で、気持ちが過去から未来へと向いた瞬間だった。
父よ、果樹園はたたんだけれど、庭の甘夏の実はまたマーマレードに加工して、娘とクッキーをまた作りたいと思う。あの世から孫を応援してほしい。
***
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