メディアグランプリ

一目惚れから手にした幸せ

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*この記事は、「絶対麗度ライティング」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

絶対麗度ビューティー・レコーディング・ラボ

 
記事:伊藤美那(絶対麗度ライティング)
 
その日、私はステージ袖で珍しい緊張感を味わっていた。
自分の出番まであと数分。ヘアメイクさんは薄暗い中でも、ギリギリまで手直しをしてくれている。
どうせそんなに代わり映えしないから別に良いですよ、と言いたい気持ちを堪えて首と肩が一番きれいに見える姿勢を保ち続ける。
 
さぁ、行こう。
一つ息を吸い込み、私は光の中へ歩み出た。
 
今年の1月、私はとある呉服屋さんの【展示会】に遊びに行った。
展示会……行ったことがある人ならお分かりであろう。それは、ただ展示されている和服を眺めるだけの長閑なイベントでは決してない。
大量に積まれた反物や仮絵羽。のんびりしていると、あれよあれよという間に和服の形に着せ付けられる。
その後は鏡の前で誉め言葉の嵐に巻き込まれ、勝手に全身コーディネートが組まれていく。
そして気が付くと電卓を手にした店員さん・作家先生に囲まれているのだ。
何しろこちらは、高価な反物を身体に巻き付けられている状態なので、逃げるのもままならない。
満足なお買い物をする人がほとんどなのはもちろんだが、中にはいつの間にか高額な契約を結びローンを組む人、会場を出るや否やクーリングオフの手続きをする人。様々な人間模様を見てきた。
 
決してそうならないように、店員さんたちのコンビネーションプレーの隙をついてお断りの言葉をねじ込む。
『そうですね……他も見たいので、ちょっと考えさせてください』
にっこり微笑んでそう言い、反物を外してもらって自由の身になり、次のブースでまた同じやり取りの繰り返し。
その結果、何人に囲まれようと決して揺らがない、心の強さを持つことができた。と、信じていた。
 
あぁ、それなのに。
出会ってしまったのだ。運命の一枚に。
 
透ける夏物に柄を織り込んだ【紋紗(もんしゃ)】という生地。
柄の部分は透けないため、真夏以外にも着ることができるという万能感も魅力。
一見古典柄だが、その中に潜む遊び心。よく見ると青やピンクのラメまで輝いている。
見れば見るほど、可愛い。そして自分で言うのもなんだが似合っている。
可愛くないのはただ一点お値段だけ。
 
ここまで着こなせるのはきっと私だけ。それ以上に、私以外の人に着てほしくない。
鏡に映る自分と見つめ合い、一歩も動けなくなる。
でも、このお値段は流石に払えない。
運命に引き裂かれる恋人同士のような胸の痛みを覚えつつ、いつものお断りのセリフを口にしかけたその時。
 
それまで他の接客をしていた作家先生がこちらにやってきた。
そして私を見るなり『それを着て7月のショーに出てくれませんか? それなら……(びっくりするような取引条件)』と言ってきたのだ。
 
ショー? と思い話を聞くと、この呉服屋さんの顧客や傘下の着付け教室の生徒さんが参加するファッションコンテストがあるらしい。
7月に予選・11月に本選が開催されるとのこと。出場すると工房の宣伝にもなるらしく、『これを着て、ランウェイを歩いてほしいんです』と言われればもちろん、悪い気はしない。
呉服屋さん・着付け教室の関係者だけの内輪のイベントだろうし、そこでほんの数分恥をさらすだけでこの着物が格安で手に入るのだ。
頭で考えるよりも先に、大きな笑みを浮かべて頷いてる自分に気が付いた。
 
3月の終わり、仕立てあがった着物が家に届いた。初めてのお仕立て。
震える手で仕付け糸を切り、鏡の前でそっと羽織ってみた。
良い。やっぱり良い。
軽やかで、明るい。そして何より、身につけることに幸せを感じる。
出来る限り丁寧にたとう紙に戻し、静かにその日を待つことにした。
 
そして7月。
プロの手によるヘアメイクと着付けですっかり変身した私の目の前には、想像を遥かに超える立派なランウェイと数多くの客席が準備されていた。
こんなに大掛かりなイベントとは知らず、内心の動揺を押し隠しながら待機場所に座る。
そうしている間にも、続々と客席には人が入ってくる。
中には着付け教室の人たちだろうか、推し活のような大きな団扇やスティックバルーンを持った応援団までいるではないか。
 
そしていよいよ、ショーが始まった。
ステージ袖に移動して、最後の準備。緊張に耐えながら先ほど説明された段取りを頭の中で繰り返す。
立ち止まってのポーズが3回、途中で1回ターンを入れる。大丈夫、大丈夫。
 
スタッフからの合図で呼吸を整え、ランウェイに進み出る。
正面から照らされるライト。爆音で流れているはずの音楽が、歓声でほとんど聴こえない。
けれど歩き始めた瞬間、緊張感は消え去り周囲は全くの静寂に包まれた、気がした。
強い光で客席はほとんど見えないけれど、観客一人ひとりと目を合わせるつもりでゆっくりと歩く。
口角は自然に持ち上がり、柔らかく伸ばした指先で会場の空気を束ねていく。
次第に聴覚を取り戻し、歓声を楽しむ余裕も出てくるようになった
 
なんだ、ランウェイを歩くのもカメラの前に立つのも同じじゃないか。
ターンをしながら肩越しに視線を送り笑みを浮かべ、ふとそう気づく。
不安だったのは、緊張していたのは自信がないから。自分と向き合えていないから。
カメラのレンズと向き合うように周囲を真っすぐ見つめれば、そこにはただ自分がいるだけ。
一目ぼれした大好きな着物を身に纏い、この瞬間を楽しむ幸せ。
 
あと少しでランウェイが終わる、という時にひときわ大きな声援が耳に飛び込んできた。
会場後方にいた作家先生が、スティックバルーンを振り回し何やら必死に叫んでくれている。
その声に力をもらい、私は満面の笑みで最後のポーズを決めた。
 
もし万が一、運よく本選に出場できたら。
その時は衣装【提供】してくれないかな、と都合の良い妄想を楽しみながら。
 
***

この記事は、天狼院書店の「絶対麗度ライティング」にご参加の方が書いたものです。

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2025-08-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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