通訳者としての成功と挫折と再スタートと
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:及川佳織(ライティング・ゼミ7月コース)
いつの間にか通訳者になっていた。
社会人になってから、特に目標も野望もなく中国語を始めた。勉強が続いたのは、中国語の勉強がおもしろかったのと、やめるきっかけがなかったからだ。
学生時代に語学をやると、卒業が区切り目になる。卒業すると仕事が最優先になって、卒業と同時に勉強が終わりになるのが普通だ。特に英語以外の外国語だと、生活の中でよほどその言語にかかわる必要がなければ、勉強を続ける理由がない。いきおい、学生時代に取り組んだ語学は忘れてしまう。
それに対して、社会人になって仕事以外の楽しみのつもりで外国語を始めると、結婚とか転職とかでライフステージが変わって続けられなくならない限り、勉強をやめる外部要因は少ない。やめるとすれば、勉強がおもしろくない、全然上達しないからつまらない、ほかにおもしろい趣味を見つけた、といった自分の中の問題である。
私の場合、続けられなくなる変化もなく、ほかに趣味が見つかったわけでもなかった。教室に行かない理由がないから毎週教室に行った。上達していたかどうかわからなかったが、効果というのは後からわかるものであって、やっている最中に効果を分析してもわかるわけがなく、出来の良しあしを考えたこともなかった。
そうしてある程度勉強して、検定試験に下の級から順番に合格し始めると、いよいよおもしろくて、やめるきっかけがない。もう少し、もう少しと欲が出た。
挙句の果てにいい年をして留学をし、帰ってきてみると仕事がなく、仕事を探すには年を取っていて、武器になるのは中国語だけだった。
しかたがないので、通訳案内士の資格を取り、エージェントに登録した。こうして通訳者になったのである。
通訳者になるには、通訳養成スクールに通い、実力をつけてデビューするのが王道だと思う。私は当時住んでいたところにスクールがなかったので、通っていた中国語教室で通訳練習をしたのと、サマースクールに1週間通ったのと、独学以外は通訳技術を学んでいないので、自分で自分を「野良通訳」と呼んでいた。
デビューさせてもらえたのは、中国ビジネスが盛んになり、中国人観光客が増えた頃で、通訳者が足りなかったからだと思う。その点はとてもラッキーだった。
しかし、野良通訳にとって仕事は厳しかった。2回目か3回目の仕事で日中のある交流会を担当した時、ろくな服を持っていなくて、先輩に「この仕事するなら、スーツくらい持っていなさい」とひどくしかられた。
ある技術系通訳では、事前に予習をしておこうと、たくさんのカンニングペーパーを作ったのに、いざ訳す時にどれがどれだかわからなくなり、しどろもどろになった。
でもうまくいったこともある。ある日中座談会の前の週に、中国語教室でちょうど論語を勉強した。すると、座談会の日本側発言者があいさつで「朋あり、遠方より来る、また楽しからずや」と言ったのである。
まさに先週、勉強したばかりで、よどむことなく中国語にすることができた。このフレーズは有名だし、中国語通訳者なら言えない方が恥ずかしいくらいだが、野良通訳の私は、前の週に勉強していなければたぶんアウトだっただろう。日本側発言者の方には、後で「すらすら訳していて、素晴らしかったです」とほめてもらった。
しかし、転機は突然やってきた。コロナ禍である。世の中が止まり、通訳の仕事が途絶えた。
今後の仕事にまったく見通しが立たないことに焦った。いつ再開できるかわからない仕事のために、力を落とさないよう日々トレーニングすることがつらくなった。元々基礎を固めて通訳者になったわけじゃないというコンプレックスもあって、仕事が戻ってきても復帰できないんじゃないかという不安にさいなまれた。
結局私は、その焦りとつらさと不安に負けた。通訳者の看板を下ろし、翻訳一本でやっていくことにしたのである。翻訳者生活は気楽で、想像していたより様々な文章に出会えてやりがいもある。
とはいえ、通訳現場のひりひりするような緊張感が懐かしくなることがある。40年以上通訳者をしていた中国語教室の恩師は、私のことを「通訳者向きの性格だ」と言ってくれていた。つまり、ぎりぎりで勝負するような場面が得意だということだ。
しかし、もう最前線で通訳する力はない。もう一度そこまで力をつけるのに、どれくらいの時間とエネルギーが必要かはよくわかっているし、今となってはそれに取り組む気力もない。
でも時々、もう一度人と人の間に立って中国語を使ってみたいと思うことがある。そこで失敗して、その失敗を糧にして、と勉強するのは楽しい。
幸い、通訳案内士の資格と、過去に通訳をしていた経歴はある。小さく再スタートすることはできるかもしれない。挫折から数年たち、今はほんの少し、そんな希望を持っている。
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