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マラソン大会はトイレに翻弄される


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:川戸恵子(ライティング・ゼミ7月コース)

 

 

「待ち時間30分です」

とスタッフから言われた。

テーマパークのアトラクションの話でもなければ,病院の待ち時間の話でもない。マラソン大会でのトイレの話である。

 

工事現場で見かける,あの仮設トイレ。マラソン大会のスタート地点には,それがずらりと並ぶ。10基くらいが連結されたものが,何列にも並べられるのだ。

 

私は行ったことがないのだが,野外フェスでも同じような光景が見られるようだ。「野外フェス トイレ」で検索してみると,確かに仮設トイレの連結版が並んでいる画像が出てきた。そうそう、これこれ,こういう光景。

最近,「フジロックフェスティバル」が開催されたと知り,「フジロック2025 トイレ」で検索してみたところ,フェスでのトイレ事情を案内するサイトがいくつかあった。親切にも,注意事項などを教えてくれる記事も見つけた。

大勢の人が集まる場所では,トイレ事情はやはり大切な問題なのだ。

 

大型マラソン大会にも,当然多くの人が集まる。しかも,その人々が1か所に集まり,一斉に(大会によっては少し時間差をつけて)スタートするわけなので,トイレに集中するのは避けられない。まさに人気アトラクション。

 

レースが始まって走っている途中でも,トイレは必要となる。しかし,マラソン大会をテレビ中継で見ていて「トイレ」をレースとセットで考えたことのある人はどのくらいいるだろうか。ましてスタート前ならいざ知らず,途中にトイレに行くことなんて想像しない人も多いのではないだろうか。

跳ぶように駆け抜けていくトップ選手たち。1分1秒を縮めようとする己との闘い。あるいはライバルに競り勝ちたいという強い意志。そんなレース中継を見て,トイレなんて誰が思い浮かべるだろうか。

しかし,マラソン大会にトイレって必要なの? と聞く人に,私はきっぱりと言いたい。必要です。

 

 確かに,42.195kmを2時間,3時間で走れるようなランナーは,「トイレ問題」は他人事でしかないだろう。

しかし,寒空の下,5時間や6時間,制限時間が許す時には7時間も走り続ける市民ランナーにとって,「途中のトイレ,どうする?」問題は切実なのである。

 

  スタート前に行ってきたのに,スタートして走り出すとなぜか決まってトイレに行きたくなる。

緊張するとトイレが近くなるのは,他の場合でもあるだろう。例えば大事なテスト前とか発表会とかでも,またすぐトイレに行きたくなるという人はいるのではないだろうか。

 私の場合,入試もピアノの発表会もトイレの心配をしたことがなかったが,マラソン大会に出るようになったことで,この歳で初めて己を知ることになった。

 

 以前,2月に出た10kmを走るシティマラソンでは,走る前に2度トイレに行ったにもかかわらず,スタートエリアに移動してからもまたトイレに行きたくなってきた。

しかし,ここでトイレに行ってしまうとスタートの号砲に間に合わない。そう思って今いる所から20メートルほど先にトイレがあるにもかかわらず,我慢して走り出した。

ゴールすればトイレに行ける。ゴールさえすればトイレに……。

実はコースの途中でもトイレは設置されているが,途中で行くとタイムが落ちるのが嫌で通り過ぎた。

とにかく,トイレトイレと考えながら走り続け,ゴールした。

結局,トイレに行くために10㎞を走ってきたようなものだった。

さらに悔しいことに,ゴールしたとたん,トイレに行きたい気持ちはすっかり失せてしまっていた。

 

10kmなら我慢できるかもしれない。しかし,ハーフ(21.0975km)やフルマラソン(42.195km)となると,そうもいかない。我慢しながら走るのは辛い。それでも,トイレに並んでタイム・ロスになることはできるだけ避けたい。このジレンマは,ランナーあるあるだと思う。

 

このトイレ問題を解決するため,私もいろいろな方法を試みた。

まず,体を温める作戦である。

カイロをおなかに貼る。腰にも貼る。

首にネックウォーマーもつける。

手袋は必須。

ウィンドブレーカーも着る。暑くなってきたら脱いで腰に巻き付けて走らなくてはならないのでじゃまっけなのだが,背に腹は代えられない。

 

次に,食事。

マラソン大会1週間前からカフェインの入った飲み物の摂取は止める。習慣のように飲むコーヒーだが,カフェインレスにしておいた。

大会前日は,できるだけ水分を控える。アルコールだろうがノンアルコールだろうが,とにかく水分は摂らないようにする。

当日の朝は,いつものスムージーもヨーグルトもやめておく。お味噌汁はいつもの半分にしておく。

マラソン会場に向かう途中の電車の中では,水筒に入れてきた白湯を少しずつ,なめるように飲む。冷たい水はご法度だ。

同じようにしている人も結構いるようで,スタートエリアに並んでいると近くの人が,「今朝から一口も水分飲んでないよー」と,仲間に言っているのが聞こえてきた。私よりも上手がいる。

これはいったいどんな修行なんだ? 

いや,けっして自分いじめを自慢したいわけではない。

それだけトイレ問題は市民ランナーには大切,ということを知っていただきたいだけなのだ。

 

 とにかく,いろいろと工夫した甲斐あって,スタートすぐからトイレに行きたくなることはなくなった。

それでも途中の給水所でスポーツドリンクや水を摂る(これをしないと命にかかわる)ので,後半になるとやはりトイレに行きたくなる。

 私だけではない。1万人,2万人と大勢走っていれば,いつも誰かがトイレに向かっている。だから列ができる。

レース後半でトイレに並ぼうとして言われたのが,冒頭の

「待ち時間30分です」

である。初めてのフルマラソン,女性だけの大会に参加した時のことだ。

 30分も待っていたら制限時間に間に合わないかもしれない。そこで次のトイレまでと走ったら,そこでも「20分待ち」。そのまた次でも「15分待ち」だった。

そうやって我慢して走り続けているうちに,ゴールしてしまった。

その時には,今回も,行きたい気持ちは消えていた。10kmならともかく,フルマラソンでも同じ結末とは,何の呪いだろうか。

これを解決するにはどうしたらいいのだろうか。

 

その翌年も同じ大会に出た。

コロナで制限されていた沿道での応援が解禁になり,たくさんの人たちが声援を送ってくれていた。団扇やタンバリンなど,応援グッズを手にしている人も多い。

その中の一人が掲げ持つボードに,偶然目がいった。

そこには,

「足の痛み? 気のせいです」

と書かれていた。

 

痛みは気のせい? それ,気のせいなの? 気のせいでいいの?

走りながら頭の中は「気のせい」がリフレイン。

そして,そうか,「心頭滅却すれば」の精神か,と納得したとき。

閃いた。

トイレに行きたい? それは気のせいです。

 そう思えばよい。

悟りを開いた瞬間だった。

 

 トイレに行きたくなるのは「できるだけトイレに行きたくない」と,トイレのことばかり考えているからだ。

 そうだ,トイレから離れよう。トイレから解放されるのだ。

 

 それ以来,走っている途中でトイレに並ぶ行列を見かけると

「トイレには行かない,行きたいのは気のせい,気のせい」

と唱えるようになっている。

 でもこれ,やっぱりトイレのことを考えていることになるのだろうか。

 

 

 

 

***

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2025-08-28 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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