メディアグランプリ

図書館カードの履歴は

thumbnail


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:山本知歩(ライティング・ゼミ7月コース)

 

 

図書館カードの履歴は、ちょっとした履歴書のようなものかもしれない。
いつ、どんな本を借りたのか。どの棚に自分の足が止まったのか。そこには、日記よりも正直な自分の関心や、その時の生活のリズムが映っている気がする。

小学生の頃、図書館カードは友達との遊び道具みたいな存在だった。読み終えた本の返却ポストに一緒に本を入れるとき、なんだか秘密を共有しているようで少し嬉しかった。私は物語の本ばかりを借りていて、冒険ファンタジーや動物が主人公のシリーズ。いま思えば、どこか現実から遠い世界に行きたかったのかもしれない。宿題で必要な伝記や歴史の本は、母に「これも借りなさい」と言われて仕方なく選んだ。

中学生になると、図書館で借りる本のタイトルが微妙に変わっていった。勉強の合間に読む推理小説、部活動の参考になるようなスポーツ選手のエッセイ、さらには進路を考え始めてからは「将来の夢」みたいなテーマの棚に立ち止まることが増えた。けれど、本当に読みたかったのはやっぱり恋愛小説だった。友達と「この作家の新刊読んだ?」と話しながら、まだ経験したことのない気持ちを小説の登場人物に預けていた。

高校生になると、借りる本はテスト勉強に直結するものが多くなった。歴史の資料集や参考書、試験問題集。だけど、本当に心を休めたのは、小さなエッセイ集だったと思う。授業や受験で数字や年代を詰め込んだあと、短い文章で「今日は洗濯物がよく乾いた」と書いてあるような本を読むと、ほっとした。図書館カードに残る履歴には、そんな緊張と解放のリズムが混ざっている。

大学生の頃は一番図書館にお世話になった時期かもしれない。建築学科に進んだ私は、専門書を山のように抱えてカウンターに並んだ。分厚い洋書、図版がぎっしり載った資料集。どれも持ち運ぶのに重たくて、帰り道の電車で膝の上に積んだままうとうとしたこともある。履歴を見返すと、その時期はやたら「光」「空間」「人間工学」なんて単語がついた本が並んでいる。あの頃の私は「何かをつくりたい」「でも自分にはまだ足りない」という焦りの中で、とにかく手を伸ばしていた。

社会人になってからは、本の借り方にまた変化が出てきた。新卒で入社した会社では、最初はインテリア関連の部署に配属されたので、家具や照明のカタログや海外デザイナーの作品集をよく借りていた。けれど、数年後に異動になり、今度は企画や広報に関わる部署へ。そこで初めて、マーケティングや文章術、プレゼンテーションの本を借りるようになった。図書館カードの履歴に「人に伝える方法」という軌跡が増えていくのを見て、自分の働き方の変化を実感した。

生活が変われば、借りる本も変わる。
一人暮らしを始めた頃は、自炊のためにレシピ本をよく借りていた。簡単に作れる野菜のおかず、作り置きの工夫、節約料理。最初は「今日の夕飯に役立つ本」として借りていたけれど、そのうち「料理をすることで一人の時間を大切にできる」という安心を求めていたのかもしれない。

そして、恋人と暮らし始めてからはさらに変わった。彼の体調を考えて減塩レシピの本を借りたり、栄養バランスを気にする本を選んだり。自分だけの体ではなく、誰かの体を思ってページをめくることになるなんて、学生の頃には想像もしなかった。図書館カードの履歴が、自分だけでなく「誰かと一緒に生きている」という証拠のように見えてくる。

ときどき、図書館で偶然見つけた本が、思いがけず自分の支えになることもある。仕事で落ち込んでいた時に、ふと手に取ったのは、イラスト付きの短いエッセイ集だった。そこには「今日は思いきり昼寝をした」とか「靴下の穴をふさいだ」とか、なんでもない日常の断片が並んでいて、「あ、これでいいんだ」と肩の力が抜けた。その日の帰り道、駅までの歩幅が少し軽くなったのを覚えている。

図書館カードを見れば、その人がどんな時期を過ごしていたのか、なんとなく想像できる。小学生の頃は冒険の物語、中高生の頃は将来や恋への憧れ、大学生の頃は専門分野に夢中になった証拠。社会人になってからは仕事や生活に直結する本が増え、同居人ができれば誰かの健康や好みに合わせた本も混ざる。履歴書の職歴欄みたいに、カードの記録はその人の歩みを物語っている。

そして、これからの履歴にどんな本が並んでいくのか、少し楽しみでもある。子どもを持つかどうかはまだわからないけれど、もしそうなったら絵本のタイトルがたくさん並ぶのかもしれない。あるいは老後に向けて、健康や年金に関する実用書が増えていくのかもしれない。そんな未来の履歴を思うと、人生そのものが一冊の本みたいに思えてくる。

図書館カードを差し出すたび、カウンターの向こうの司書さんは何も言わない。ただ静かに本をスキャンしてくれるだけ。でもその「ピッ」という音は、自分の中の小さな変化を記録してくれる合図のようで、私はどこか安心する。

私の図書館カードは、たぶん世界に一つだけの履歴書だ。

 

 

 

 

***

この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「天狼院カフェSHIBUYA」

〒150-0001 東京都渋谷区神宮前6-20-10 RAYARD MIYASHITA PARK South 3F
TEL:03-6450-6261/FAX:03-6450-6262
営業時間:11:00〜21:00


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜20:00

■天狼院書店「名古屋天狼院」

〒460-0002 愛知県名古屋市中区丸の内3-5-14先 レイヤードヒサヤオオドオリパーク(ZONE1)
TEL:052-211-9791/FAX:052-211-9792
営業時間:10:00〜20:00

■天狼院書店「湘南天狼院」

〒251-0035 神奈川県藤沢市片瀬海岸2-18-17 ENOTOKI 2F
TEL:0466-52-7387
営業時間:
平日(木曜定休日) 10:00〜18:00/土日祝 10:00~19:00


 

2025-09-18 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事