高3男子、君の時計は早回り
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:由紀みなと(ライティング・ゼミ7月コース)
「学校、今日休むから。お母さん、電話してくれる?」
朝7時。新学期が始まって、相変わらず低空飛行を続ける高3の息子からメッセージが届いた。
離れて暮らす息子は、きっと布団から顔だけ出してメッセージを送ってきたのだろう。
お弁当を渡そうと、朝5時からジーッと待っていた私からすれば、この一言の破壊力はなかなかなものだが、連絡をしてきただけ良しとしたい。
「欠席理由、何にする? 熱? お腹?」
「風邪っぽいにしといて」
「OK。ゆっくり休んでね」
この一週間、母親としての私は、心配と不安の荒波に翻弄されっぱなしだった。
両親の離婚と高校3年生というタイミング。気持ちが不安定な息子に対して、すまない気持ちがいっぱいで、息子の進路を考えたり、教育費の計算に電卓を叩いたり、もし私と一緒に住むならと、電化製品を調べてみたり……
「思春期男子 メンタル」
そんな言葉を深夜の検索窓に打ち込み、答えを探すように画面をスクロールし続けた。
図書館では心理学や教育関係の本を片っ端から借り、同じような状況にあるお母さんたちのブログも読み漁った。
そのどれもが役立つようで役立たず、けれど不安な母の心を慰めるお守りのようでもあった。
私のこの一週間が、息子の「学校休むから」の一言で炎天下のアイスクリームのように溶けた気がした。
息子の時計は、どうやら超高速の早回り機能がついているらしい。
「傷つくことを恐れずに飛び込んだほうがいいのかなあ」
「いや、僕は平気だよって顔をしてた方がいいかも」
そんなひとり言をつぶやきながら、登校する時もあれば、
この日のように、休みをきめこむ時もある。
「あ、お昼は適当に食べるから」
気まぐれなメッセージに続くのは、息子のためらいのない指先。
スマホを操作して、ウーバーイーツでスタバのフラペチーノとサンドイッチを注文したみたい。
悩んでいたはずなのに、その悩みはまるで打ち上げ花火のように一瞬で消えてしまう。
ドーン! と音を立てて空に広がり、次の瞬間には跡形もなく消える。
母の私が何日もかけて抱え込んだ心配が、息子の「まあ大丈夫」の一言で、いとも簡単に吹き飛ばされる感じだ。
次の日の朝、スタバの抜け殻の紙袋を息子から手渡された。
「持ってきちゃった。ごめん、捨てといて」
お昼ごはんが入っていた紙袋=お弁当を入れる保冷バックと同じ扱いになっているのが息子らしくて笑える。
母はウーバーでスタバを頼んだこともテイクアウトもしたことがないので、紙袋とドリンクホルダーのしっかりした作りに妙に感動して、息子のお弁当に再利用しようと持ち帰った。母は線香花火でもあり、小市民でもある。
そうなのだ、母の私は、線香花火だ。
小さくても、じりじりと火を落とさずに燃え続ける。
最後の赤い玉がポトリと落ちるその瞬間まで、どうか消えないでと見つめ続ける。
音楽にたとえるなら、私は演歌だ。
情念を込めて、ひとつのフレーズを何度も繰り返す。
「おまえのことがただ心配でねぇ〜」
こぶしを効かせて長々と歌い上げる。
息子は、きっと疾走系ロックだ。
「ワン、ツー、スリー!」とカウントしたら、一気にギターをかき鳴らし、
「大丈夫! なんとかなるって!」とシャウトする。
演歌とロック。
母がこぶしを回している間に、息子はすでにステージの端から端へと飛び跳ねている。
そのアンバランスさに、時々笑ってしまう。
掴みきれない息子の思考に、泣きたくなる時もあるが、息子の行動には、不思議とほっこりさせられ、ニンマリしてしまう自分がいる。
そういえば、昔、同じようなことがあった。
息子が三歳の頃のことだ。
仕事と育児に追われ、疲れ切っていた私は、空気清浄機兼加湿器の水をひっくり返してしまった、床が一面、水浸しになってしまった。
途方に暮れて泣き崩れた私に、普段ならつられて一緒に泣き叫ぶ息子が突然立ち上がって、こう宣言した。
「おかあさん、ぼくが守ってあげる!」
なんだ、なんだ、何を守ってくれるのかと思ったら、息子は意気揚々とティッシュの箱を抱えてきて、一枚、また一枚とティッシュをとりだし、水浸しの床にそっとかぶせはじめたのだ。
もちろん水が吸いきれるはずもない。
ティッシュは水を一瞬で吸い込み、辺り一面ティッシュの海が広がっていった。
これは……すなわち二次被害という名の大海原のできあがりだ。
けれど、真剣なまなざしでティッシュをそーっと水に浸す息子の姿は小さなヒーローだった。
一瞬、ほんの一瞬だが、夜空を照らす花火のように、3歳児がまぶしい光を放っていた。
だが、2分後には、ティッシュが水を吸い込む様子が楽しくてたまらなくなって、母を守ることなんて忘れて、夢中で遊びはじめた普段の3歳児に戻っていたが。
あの頃から、息子の時計は超高速で早回りしていたのだ。
今も昔も、息子は過去を振り返らない。
現在にとどまることもない。
花火のように、次々と新しい瞬間を打ち上げては、軽やかに前へ前へと進んでいく。
母の私は、今日の出来事を明日も案じ、明日の出来事を今日から心配する。
線香花火のように、消えるまで何度も同じ火花を見つめ続ける。
「お母さん、そんなに心配しなくてもいいよ」
「だって、そうは言っても」
そんなやり取りを繰り返しながら、私たち親子の時計は違う速度で進んでいる。
けれど、違うからこそ意味があるのかもしれない。
息子が打ち上げ花火のように前へ進んでくれるから、母は安心して線香花火を燃やし続けられるのだ。
スタバの紙袋を畳みながら、私はふと思う。
母の心配は、親の楽しみ。
息子の「大丈夫さ」もまた、彼なりの成長の形。
演歌とロック。
線香花火と打ち上げ花火。
違うテンポ、違う輝き。
でも、同じ夜空の下で響いている。
同じ空を見上げている。
だから私は、今日も少し離れたところから息子の早回りする時計を見守ろう。
彼の花火がまた夜空に咲く瞬間にドキドキハラハラしながら。
きっと、これでいいのだ。
きづいたことをひとつだけ。
「高3男子、君の時計は早回り」
≪終わり≫
「
***
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