たくさんの思い出に赤ワインを注ごうある日突然、築30年以上の古い物件オーナーになる
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:及川佳織(ライティング・ゼミ7月コース)
これは何?
パソコンの画面の前で凍りついたまま、どれくらいたっただろうか。彼女の写真に添えられていたのは、彼女が急死したという知らせだった。
彼女とは、友だちとしか言えない関係である。あるセミナーで偶然知り合った。住んでいるところも遠いし、仕事でも趣味の活動でもつながりはなく、共通の知人もいない。しかし初めて会った時からなぜか気が合い、時々連絡を取ったり、お互いの住んでいる街へ行く機会があると、会って一緒に飲んだりするようになった。
私には彼女の仕事がどんなものかはわからないし、彼女も私のやっている活動の中身はわからない。でも、目指している目標にたどりつけない焦りとか、複雑な人間関係の悩みとかは、どんな世界でも同じようなもので、話しているとお互いの気持ちがしみじみとわかって、なぐさめたり、励ましたりしながら、いつも楽しい時間を過ごすことができた。
しかし、コロナ禍になると会う機会がなくなった。お互いの暮らしに没頭しながら時々連絡を取るだけになり、昨年の暮れに連絡を取りあったのが最後になった。
「少し体調を崩して入院したりしたけど、もう大丈夫。来年は会おうね」
そう言っていたのに。「そういえば、どうしているかな、連絡してみようか」などと思いながら、何の気なしに、彼女の主宰しているサークルのホームページを開いて、彼女の死を知ったのである。
いつ? 去年、入院したと言っていたけど、それが原因? 亡くなった時はどんな状況だったの? 最後にどんな言葉を残したの? 疑問が渦巻く。
亡くなったのはあのサークルの主宰者って人で、私の知っている彼女とは違う気がしてくる。こんなどうすることもできない気持ちは、いつものように彼女に聞いてもらおうと思っている自分がいる。そうかと思えば、彼女のサークルに連絡を取って、もしかなうなら、お線香をあげさせてもらおうと気持ちがはやる。
そんなふうに混乱して数日たったが、次第に、そんなことをしても、彼女が亡くなったのはもうどうしようもない事実なのだと、水が染み込むように理解できてきた。霊前で手を合わせても、気が済むのはその時だけで、またすぐに喪失感に襲われるだろう。私にはただ静かに、彼女を悼むことしかできない。
若い頃は、大切な人を失うのは、ただひたすらに悲しく、つらく、痛いことだと思っていた。しかし年を取るにつれて、そんなことはないと思うようになった。
それを強く感じたのは、小池真理子さんの『月夜の森の梟』を読んだ時だ。小池さんは、同じ作家である夫の藤田宜永さんをガンで亡くした。この作品は、夫を亡くしてからの日々を書いた作品だ。
静かで淡々とした文章の中には、慟哭も、さびしさも、悲しみもあるのだが、時には夫がそばにいるような気がしたり、二人だけの共通の記憶を思い返したりという明るい時間の描写もある。
夫が最後に食べたステーキ。論争になると作家どうし、言葉では負けまいとしたこと。ピアノを買って2人で弾いて楽しみ、いい買い物をしたとほめられたこと。そういうことを飽きることなく思い出すのだ。
もちろん、それは大喜びするようなうれしさではないだろう。でも「そういえば、あんなこともあったなあ」と、少しだけ口元がゆるむ。何度も思い返したい楽しいできごとを、夫と自分だけが共有しているという、誰かに自慢したいような晴れがましさを感じる。大切な人を失っても、悲しみの中にはそういう時間がある。
この作品を読んで、大切な人を亡くして生き続ける人の気持ちは、決して単色で塗りつぶされているわけではないと思った。残された人は、声を上げて泣くこともできるし、つらさをまぎらわせたくてやけ酒を飲むこともできるし、一人で思い出し笑いをすることもできる。そのすべてが悼むということなのだ。
彼女を悼もう。彼女と会う時はたいてい一緒に飲んでいたから、飲んで彼女とのあれこれを思い出そう。
そう思った時、真っ先に思い出したのは、彼女が東京に遊びに来た時のことだった。日曜日に日本橋で会って、すこし散歩したのだが、大通りから裏通りに入ると思いのほか静かな住宅街で、彼女は「東京って人がいないのね」とずっと驚いていた。
あの後、昭和からやっているに違いない古い小さな居酒屋に入って飲んだ。彼女はもつ煮込みをおいしいと言っておかわりした。赤ワインが好きで、どんな店でも飲みたがったけれど、さすがにそこにはなく、ちょっと残念そうに「煮込みには合わないもんね」と言っていた。
今日は赤ワインを買ってこよう。合わないけれど、煮込みも食べてしまおうか。ワイングラスの向こうで、「今日はどうした? 愚痴なら聞くよ」と言う彼女が見えるに違いない。
《終わり》
***
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