わたしとひらおのタイトルマッチ
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:まるこめ(ライティング・ゼミ11月コース)
試合の日程が決まったのは、今朝のこと。
思いがけず試合が飛び込んできたとはいえ、嫌な気持ちは全くない。それどころか、ワクワクさえしている。本来であれば、試合の日に向けて長期的なトレーニングや身体のコンディションを整えて臨むことが大切だと十分に理解している。
けれども、この試合だけは……
たとえ準備期間がゼロであっても、この試合の結末がどんなに悲惨なものになったとしても、やるしかないと思った。まだ、リングに上がるまでに時間がある。私は、できる限りの悪あがきをした。まずは試合に臨む勝負服。ゆったりとしたスウェットのワンピースに袖を通した。これなら試合後の身体を労わることができるだろう。最終調整の要である、朝食の内容も重要だ。昼の試合を満足いくものにするために、炭水化物の誘惑に目がくらみそうになりながらも、どうにか白米を通常よりは減らすことに成功した。
全ては昼の試合……「天ぷらのひらお」でいかに白米を最後まで残しながら、アツアツの天ぷらを堪能できるかどうかのタイトルマッチなのだ。
いよいよ試合が近づいてきた。挑戦者である私は、これまで何度王者に勝負を挑んできただろう。そして、どれだけ悔し涙を流してきだだろう。先に試合を繰り広げる戦友を見つめる私の、緊張で固くなった拳には「とり天定食」の食券が握りしめられていた。
自分の番が近づくにつれ、先の試合を終えた選手たちがぞろぞろとリングを後にし始めた。やり切った、というような清々しい顔をした人もいれば、ボディーブローのダメージがまだ残っていて苦悶の表情をした人もいる。ああ、私もじきにこうなってしまうのか……ゴクリ、と唾を飲み込む音が聞こえた。もうすぐだ、もうすぐで呼ばれるぞ。固く握りしめられた拳には、じわり、と汗が滲んできた。
「お待たせしましたー! どうぞー」
揚げ場にいるレフェリーが、大きな声で私を呼んだ。
ああ、やっとだ……
高鳴る鼓動を抑えながら、私は案内されるがままリングへと上がった。
汗で滲んだ「とり天定食」の食券を係の人に渡すや否や、早々に中ごはんと味噌汁がやってきた。箸を手に取り挨拶代わりの拳を交わすように、味噌汁を一口、啜った。
頭のどこかで試合を告げるゴングが鳴り響いた。
中めしの茶碗を左手に構えるや否や、お決まりのように大根おろしが沈んだ天つゆと、別に小皿がやってきた。小皿の上にはイカの塩辛が乗っている。普通のそれとは違っていて、柚子の風味がさっぱりとしている。けれども、塩辛としての存在感もある。「ひらお」が王者たる所以の一つをこの塩辛が担っていると言っても過言ではない。
「相手が塩辛だからって、油断しちゃだめだ。すぐに白米を持ってかれるぞ」
ノーガードでこちらを挑発してくる塩辛を、少しご飯に取り、口の中にかき込んだ。強烈なストレートが直撃した。ひんやり、ねっとりとした塩辛が口の中で暴れている。こんなもん、白米に合わないはずないじゃないか。続け様に一口、もう一口とジャブが繰り出されるように、白米が私の喉を通り過ぎていった。
「お待たせしました。ささみです」
「お待たせしました。鶏ももです」
揚げ手の方の容赦ない猛攻は、定食メニューを出し終えるまで止まることを知らない。私はただひたすら、その猛攻を箸で受け止めながら自分の口へと持っていく。揚げたてのサク、サクという音と、口の中に広がる油の香りに、白ごはんが進まない理由なんてない。
「お待たせしました。野菜です」
アツアツの天ぷらで舌をフルボッコにされながら、私は恍惚とした表情で幸せを噛み締めていた。こんな風に、常に出来立ての天ぷらが目の前にやってくるなんて……「ひらお」しか勝たん。もう、何も考えられない。もう、このままどうなってもいいとさえ思った。けれどもそんな幸せは長くは続かなかった。
「お待たせしました。ピーマンです」
しまった! と気づいた時には手遅れだった。
「これで、定食はおしまいになります」
最悪だ……左手に握りしめた茶碗に、恐る恐る目をやった。
なんてこった……茶碗にこんもり入っていた白米が、私のH Pでも表しているかのように、茶碗の隅に一口もないくらいにしか残っていなかった。その事実はまるで、強烈なストレートが顔面に飛んできたようだった。
……やられた。
目の前が真っ白になったようだった。けれども、まだ試合は終わっちゃいない。ふらつきながらも、私は諦めず顔を上げた。悔しい、悔しい……! ピーマンを横目に、わずかに残った白米を放り込んだ。ご飯の量は間違っていなかった。大にする選択肢も確かにあった。けれど、大であったなら私は生きてここを出られなかったかもしれない。なんと言っても敗因は、久しぶりだからとつい、塩辛で白米が進んだことだ。油っこくなる口の中をすぐにリセットしてくれるからって、備え付けのゆず大根を調子に乗って取りすぎたのもそうだ。口の中がサッパリすると、やっぱり白米を食べてしまう。今回の敗因はペース配分が狂ったことだ。苦虫を潰したような顔で、最後のピーマンを噛み締めた。
苦い……
舌の上に残る苦味は、まるで私の心を写しているようだった。完食と共に、試合終了のゴングが鳴り響いた。結果は聞くまでもなかった。惨敗だ、今回は満足いく白米の量を残しつつ天ぷらを食べ終えることができなかった。
「ごちそうさまでした」
私はゆっくりと席を立ち上がった。
「ありがとうございましたー!」
威勢のいい揚げ手の声は、王者の風格そのものだった。また、お前の挑戦を待っているぞ、と言われているような気さえした。そうだ、今までもそうだったじゃないか。何度負けても、どんなに悔しい思いをしても、どんなに苦しい思いをしても……何度だった挑んできたじゃないか。また、次に向けて備えよう。どんな量でも美味しく食べられる胃袋を携えて、最後まで冷静にペース配分できるようイメトレもして、私は必ずここへ戻ってくる。
そして……
「次こそ、私が勝ってやる」
《終わり》
***
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