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或阿呆な内科医の風邪闘病記


 

 

 

 

*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

記事:國分厚彦 (ライティングゼミ 1day講座)


2026年3月23日(月)午前7時30分頃、私は鼻の奥のひりつくような痛み、喉に鼻水が溜まっているような違和感、軽い喉の痛みとともに目が覚めた。
起きあがろうとするも、身体がやけにだるい。
どうやら久しぶりに風邪をひいてしまったようだ。しかも、32年この肉体とともに生きてきた経験上、間違いなく「長引く類の風邪」である。なぜこんなことになってしまったか。直前の行動歴に思いを馳せた。

直前に三連休があった。予定を全く入れていなかった私は、土曜日にジムに行った後、その場の気分とノリで奈良まで弾丸旅行に行った。ジムのトレーニングでは下半身を結構追い込んでいたため、正直体力的にはそんなに余裕はなかった。しかし、まだ20代の感覚が抜けていない私は、自分の体力やリカバリー能力を過信していた。昼ごろにホテルを出払った後、筋肉痛の残る足で奈良市内を練り歩き、結果的に1日で2万歩以上歩行していた。
17時半に京都駅に着くも、三連休最終日の帰宅ラッシュに巻き込まれ、やっと取れた新幹線が京都駅を20時24分に出発するのぞみ498号、それまでの間京都駅の吹き抜けの下寒空に晒され続けた。思い返すと、のぞみの中で既に鼻の奥がひりつく感じとどろっとした鼻水が出ており、風邪の前兆がではじめていた。

どこをどう切り取っても風邪をひかない理由が見当たらない。医者の不養生、ここに極まれり。
幸いにも熱は出ていないので、仕事のスケジュールに穴を開けるようなことはなさそうだが、仕事がある午後の時間までは体力回復に充てることにした。これからの2週間は色々予定を組んでおり、一刻も早く風邪を治さなければいけないのである。

実を言うと、私は風邪を引くこと自体、ある種のボーナスタイムと思っている節がある。理由は、「いろいろな治療法を自分の身体で試すことができる」からである。

一種の職業病だが、風邪を引いたりすると、私はいつも自分の身体で市販薬や新しい治療法などの効果を試す「人体実験」をする。劇的に効果があることもあれば、あまり切れ味が良くないこともあるし、余計な副作用も出ることがある。これらの「人体実験」を活かして、自分の風邪診療へ還元していくのだ。
「人体実験」の1回目は、葛根湯の頻回投与を試すことにした。以前漢方医学を独学で勉強していたとき、「急性期には漢方薬の頻回投与(1日6回程度)を行っても良い」と聞いた。自分の常備薬である葛根湯加川芎辛夷(鼻風邪に特化した葛根湯)に加えて、葛根湯を追加内服し、その効果を試すことにした。
ある程度効果はあり、昼過ぎに家を出る頃には全体的に体が軽くなった気がするが、午後の診療中やけにお腹が緩くなってしまった。どうやら、葛根湯に含まれている「麻黄」と言う生薬が過剰になり、お腹に悪さをしたようだった。

火曜日も相変わらず鼻水と喉の違和感は続いていたし、お腹も緩いままだった。どうやら1回目の実験は失敗したようだ。早く治さなきゃと思って他の治療法のことをあれこれ考えていると、ふと知人から「『上咽頭炎』に効果があるB-SPOT療法がある」と聞いたことを思い出した。
調べてみると、上咽頭炎が今の自分の症状とも似通っている気がしたし、急性上咽頭炎なら1回の治療で治るとも書いてあった。自分の風邪は拗らせると1ヶ月近く咳で眠れなくなるため、治ってくれるなら儲け物だ。2回目の「人体実験」はB-SPOT療法を試そう。
仕事終わりにやっていそうなところを探し、治療を受けに行った。喉の奥を薬液を浸した綿球で拭われ、過酸化水素水で傷口を消毒された時のような痛みを感じた。「痛い方がよく効く」と聞いていたので、「しめた、これは効くかもしれない」と思った。
しかし、綿球にべっとりと付いた粘り気のある鼻水をみて、耳鼻科の先生は
「これは副鼻腔炎ですね〜。B-SPOTあまり効かないと思います」と一言。一刀両断である。抗菌薬といくつか対症療法薬が処方された。副鼻腔炎なら、抗菌薬が効くはずだと思った。これらの効き目を第3の「人体実験」で見極めよう。

処方された薬のおかげか、水曜日は新規の症状もなく、むしろ少し改善してきたような印象があり、このまま良くなると思っていた。
「やっと実験が成功したか」そんなことを思っていた矢先、悲劇が起きた。
木曜の朝、目が覚めてから喉の痛みがさらに強くなっていること、そして両耳のつまり感があることに気づいた。低気圧で寒かったことも災いし、昼過ぎからは喉の痛みもひどくなり、咳も出てきてしまった。
さらには、下痢や腹痛にも苛まれるようになった。抗菌薬が腸内細菌を破壊し、腸内フローラが最悪な状態になってしまったのだ。仕事終わりに喫茶店に入って読書をしていても、腹がギュルギュルとF1レースのような音を立てる有様で、喫茶店のトイレとすっかり仲良しになってしまい、あまり集中できなかった。

度重なる「実験」も虚しく、元の症状も悪化、さらには副作用で消化器症状まで出てきてしまった。副作用で症状が出ているなら内服を中断することが妥当だが、中途半端に抗菌薬が出ている以上、下手に中止することもできない。もはや風邪はどうでもいい。近所のドラッグストアに駆け込み、お腹の調子がよくなりそうな薬をいくつか探し、見繕って購入した。何が効いたかはわからないが、腹痛と下痢は徐々に落ち着き、また、土曜日の午後には鼻水、咳、喉の痛みも回復した。

体調が少し回復したあたりで、野口晴哉の「風邪の効用」という本を読んだ。
潜在意識上で「風邪を引いた」「風邪が長引く」と思い込むことで、逆に風邪の治りが悪くなる。大事なのは、「空想の方向づけを行うこと」。また、風邪を引いて早く治そうと躍起になることはやってはいけないこと、経過に沿って体の変化を知覚していくことが大切、というようなことが書かれていた。50年以上前に書かれた本だが、風邪の治癒過程を邪魔するのは「心構え」という指摘が見事にされているなと思った。

振り返ると、帰りの新幹線の中で鼻水と喉のひりつきが出た時、「風邪の前兆」と考えてしまっていた。あそこで「風邪が治った」と思えることができれば、風邪にはならなかったかもしれない。「実験」の名目で無理に早く治そうとして色々治療法を試し、逆に下痢、腹痛に苦しめられたのも、「すぐに治そうとした」ことが蒔いた種ではないだろうか。自分の焦る心が、余計な風邪や、副作用を招いてしまったのだ。

医学知識へのアクセスやネットの情報量も飛躍的に増加し、さらに生成AIも台頭してきている。「風邪を1日でも早く治す方法」なんて調べれば、嫌というほどたくさんの情報が手に入る。しかし、そうして「早く治そう」と焦ることが、ますます風邪を拗らせる一因になっている。一般的な風邪が治癒までにかかる時間は、おおむね1週間〜10日と言われている。風邪を引いたら、無理に早く治そうとせずに、「どうせ1週間はかかるんだから治るのを待とう」くらいの気持ちで、おおらかに経過を見守る方が大切なのかもしれない。

次に風邪を引いたら、あえて「何もしないで過ごす実験」をしてみよう。

《終わり》

 

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