春を探しに行ったら、教育について考えた話
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:井上今朝(ライティング・ゼミ、2026年1月開講、通信、4ヶ月コース)
まだ4月初めなのに20℃近くまで気温が上がるという。
何も予定のない日曜日、夫は野草園に息子を連れていきたいと言っていた。
温暖化とはいえ、北海道の冬はまだまだ長い。
寒い時期の雪遊びも楽しいけれど、外で長時間遊ぶのは親が耐えきれない。
必然、屋内の遊技場などに連れて行くことが多くなる。
外の空気を吸って、自然を感じることができるのは久しぶり。
「森の少年隊」という可愛らしい名前のクラブに所属していた夫は、北海道出身らしく自然が大好きだ。
そのへんに生えている草花の名前、鳥の習性など、付き合い始めた頃によく教えてもらった。
例えばカラスの鳴き方。
くちばしの細いハシボソガラスは鳴き声がガーガーと汚く、くちばしの太いハシブトガラスの鳴き声はカーカーと澄んだ声。
息子にも自然に親しんで育ってほしいと、生まれた時から話していた。
春になると楽しみなのは、福寿草(フクジュソウ)、水芭蕉(ミズバショウ)、座禅草(ザゼンソウ)だそう。
福寿草は可憐な黄色の花。
早春2-3月に咲くため、春が来たことを教えてくれる花。
私はどちらかというと、帯広の菓子屋の六花亭の、福寿草をモチーフとした「万作(まんさく)」というレモンケーキが好きなのだけど。
水芭蕉は尾瀬の歌で有名。
初夏の花と思っていたから、北海道では春に咲く花というのは、こちらに来てびっくりしたことのひとつだ。
湿地に咲く花で、池の近くなど湿った場所に驚くほど群生している。
座禅草は、水芭蕉によく似た形で、白い帆のような部分の色が紫になっている。
春を見つけよう!
意気揚々と家族で野草園の方へ歩いていくと、開園は4月下旬だった。
なーんだ、まだ開いていないんだ。
野草園の周りの道を上っていくと丘に出る。
仕方なく歩き出した道沿いには福寿草がポツポツと咲いていた。
デジカメで写真を撮る父を真似て、息子も福寿草や、名も知らぬ葉の写真を喜んで撮っている。
ふかふかした道には枯れ葉がたくさん落ちていた。
葉っぱの形はかしわの形。
柏の木は春になると、いっせいに葉を落とす。
なんだか、この間旅立っていった専攻医たちみたい。
研修医を終え、専門医になるための研修を受ける医師は専攻医と呼ばれる。
4年ある研修期間のうち2年間を、私の勤務する病院で過ごす。
総合診療科の医師を目指して、それぞれ違う環境から集まってきた若者は、その2年間、患者の診療を通じて総合診療とはいかなるものかを学んでいく。
同期や指導医、他科の医師たち、看護師、リハビリスタッフ、医療ソーシャルワーカー、薬剤師、放射線技師、事務、そして患者さんと家族。
たくさんの人々との関わりの中で、自分の医学知識やスキル、コミュニケーションを実践し、振り返って成長していく。
そのスピードは人それぞれ。
要領よく勘所をつかんで成長していく子もいれば、ゆっくりと自分の中で経験を咀嚼しながら成長していく子もいる。
子育てにおいて自分の子は一生責任を持って付き合っていく相手だけど、職場での教育、特に研修のために一時的に通過していく専攻医たちとは少しスタンスが異なる。
2年間という短い期間では、専攻医たちの成長の度合いを推し量れないこともあるし、旅立っていった後に成長を知り、ああ、こういう子だったのかと思うこともある。
私は指導医のひとりとして何ができているのだろうか。
自分はできる研修医でも専攻医でもなかったから、後輩に対して厳しい指導者にはなれない。
自分の力で歩いていけるように、学んでいる間は困ったとき助けてあげられるような伴走者でありたい。
総合診療科の医師としてあるべき姿と、育っていく子たちの「今」とのギャップを認識しつつ、その人がどんな医師になっていきたいか、個性に合ったスタイルを見つけていく手助けができたらいい。
柏の木が秋に葉を落とさないのは、どんぐりを食べにくる動物たちから、どんぐりを隠さないようにするためだそうだ。
枝に残る葉っぱは専攻医。
同じ枝から産まれたどんぐりの実は、専攻医が学んできた果実のようなもの。
それが、出会った患者さんたちにとって、どのように役立っていくのか。
枝からじっと見つめながら、自分を活かす在り方を考えてもらえたら。
春になったら、新しい芽に押されて旅立っていく。
その先は地面ではなく、風に乗って空の方へ。
そのために私たち指導医の役割は、育つ環境を整える木の幹なのかもしれない。
≪終わり≫
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