メディアグランプリ

傷ついた心の行方


 

 

 

 

*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

記事:河本 和代(2026年4月開講・京都/通信・2週間集中コース)

 

最近、トラブルやアクシデントの話を立て続けに耳にしました。

一つ目は、若い男性のAさんに起きたトラブルです。彼は、「ちゃんと休んでる?」と尋ねたくなるほど活発で、普段からたくさんのことに関わっています。目立つ存在であるがゆえに、周囲の人から頼りにされる一方で、一部の人の反感を買っていたということもあったかもしれません。そのAさんが、SNS上で限定的にしか公開していないはずの写真を、誰かに誹謗中傷を添えてばら撒かれるという嫌がらせに遭いました。友人からそのことを知らされたAさんは、ハラスメント相談窓口に赴いたそうです。

わたしがAさんから話を聞いたのは、その一件の翌日のことでした。トラブルにどう対処したのかということのほか、SNSに迂闊に情報をあげたことへの反省など、Aさんは比較的淡々と当時のことを振り返りました。平然として見える彼の姿に、わたしの心配はかえって膨らみました。

「明らかに悪意を向けられるっていう経験をしたら、人は誰でも動揺するし、傷つくものだよ」

 そう伝えると、Aさんは目を丸くして、わたしの顔を見つめました。彼は自分が傷ついていることにどこか無頓着にも見え、そのことがわたしの気持ちをざわつかせたのです。わたしは、彼の胸の内を測りかねました。

 

 それから一週間後、もう一つのアクシデントの話を聞きました。高齢の女性であるBさんのことです。Bさんは、週に二回ほどジムに通うなど、心身の健康にとても気を配って暮らしています。その日、彼女は最寄りのスーパーに出かけ、車を止めたところで俯いてバッグの中を確認しました。顔を上げたそのとき、聞いたことのない音がして、目の前の車の運転席側から男性が勢いよく近づいてきました。その男性がすごい剣幕で最初に放ったのが、「どこ見とんや! 呆けとんか!」の怒号だったそうです。Bさんはその声に驚き、知らぬ間に自分の車が動いて、前方の車にぶつかってしまったことに気づいたといいます。

彼女は車から降りて詫びた後、110番通報しようとしましたが、焦ってしまい、スマホをうまく扱えませんでした。男性は畳み掛けるように「早くしろ」と怒鳴り、Bさんはすっかり萎縮してしまいました。やっと警察に電話がつながり、名前や場所を伝えている間も、男性は大きな声で怒鳴り続けたそうです。

幸い、相手は車外にいて、どちらにも怪我はありませんでした。それでも、わたしはその話を聞きながら、Bさんがどれほど動揺し、不安な気持ちになったことだろうと思いました。状況を伝えた警察官や、駆けつけてくれたディーラーの担当者は穏やかに対応してくれ、事故処理は無事に終えられたそうです。わたしとその話をしていたときのBさんも、落ち着いた口調でした。

 

 Bさんとの話を終えた後、わたしはAさんのことを思い出していました。二人に共通していたのは、大きく動揺するような出来事からまだそれほど時間が経っていないのに、どこか落ち着いて見えたということです。二人とも、いろいろなことを考えたり思い返したりしていたはずです。その時間を過ごしながら、どうにか気持ちを落ち着けようとしていたのかもしれませんし、あるいは、くよくよと考えすぎないようにしていたのかもしれません。

 けれどもわたしは、予想だにしない出来事に見舞われた二人が、どれほど傷ついただろうということが気になって仕方ありませんでした。Aさんは、「犯人に思い当たる人がいるが、証拠がない」と言っていました。それは、身近な人物によく思われていないのかもしれない、あるいは裏切りに遭ったのかもしれない、ということでもあります。Bさんについても、うっかりとはいえ物損事故を起こしてしまったことは申し開きできませんし、相手が腹を立てるのももっともです。けれどもだからといって、認知症の高齢者であるかのように扱われ、罵倒されてよいはずがありません。二人が悲しんだり沈んだりした様子を見せなかったからこそ、かえって、傷ついた心をどう抱え、癒やしていくのだろうと心配になったのです。

 そうしてあれこれと思いを巡らせているうちに、わたしははたと気づきました。

「わたしもまた、傷ついたのだ」

 もちろん、AさんやBさんの体験を、すべて自分のことのように感じ取ることはできません。でも、もしわたし自身が人の悪意に晒される経験をしたなら、身近な世界が色褪せて見え、急に視界が狭まったように感じ、落ち着かない気持ちと不安に苛まれるだろうと思いました。わたしは二人の心を想像し、そのことによって自分もまた苦しくなっていることに気づいたのです。

 

 さらに、わたしの思いは続きます。

「わたしだったら、そんなときに誰かに話すことができただろうか?」

 わたし自身、ごく最近まで、自分の傷つきや失敗を人にうまく話せませんでした。些細なことや、リカバリーできることなら言えるのです。でも、一人で抱えてしまって話せないのは、「恥の感覚」を強く抱いたときでした。自分に非があってもなくても、傷ついたり失敗したりした自分を許せない、それを人に話すのは恥ずかしい、と思っていたのです。

「自分でなんとか挽回しないといけないし、恥ずかしい思いをしないように頑張らなくてはならない」

頑なだったわたしは、それが自分を守る手段なのだと思ってきました。でも今は、それがかえって、傷ついた自分の心をきちんとケアすることから遠ざけてしまっていたのだと考えるようになりました。

 

 傷ついてしまうことは、誰にでもあります。大切なのは、そんなときに、かつてのわたしのように、心の痛みや悲しみを無視しないことだと思います。もちろん、誰にでも話せばいいというものではありません。痛みや悲しみを、しばらくは自分で抱え、持ち堪える力もまた大切です。時間が記憶を薄らげてくれることもあれば、ふとした折に思い出してしまう出来事もあります。でも、傷ついた心の行方を、労りや共感をもって受け止めてくれる誰かと一緒に見守ることができれば、人はきっと心強さを取り戻していけるのではないかと思うのです。

わたしは、二人がわたしに話してくれたことを嬉しく思いました。そして、二人の心の痛みが、少しでも安らかな方へと向かうことを願っています。

 

《終わり》

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