メディアグランプリ

トイレは日本の観光大使

thumbnail


 

 

 

 

*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

記事:冨士井 慶子(ライティングゼミ 2026年4月開講・京都集中コース)

 

 

お節介な性分の私は、駅で電光掲示版を見上げて困っていそうな外国人を見かけると、つい声をかけてしまう。電車の中でも、乗り合わせた異国から来た旅人のグループとちょっとした会話が弾み、気づけば笑いあっていることも少なくない。そんな彼らが口をそろえて言うのが

「二ホン,スバラシイ」

という言葉だ。では、何がそんなに素晴らしいと思うのかと尋ねると、食べ物が美味しい、街が清潔だ、日本人はみんな親切、という言葉と並んで、必ずと言っていいほど話題に上るのが

「トイレ」 

だ。

 

確かに、最近の日本のトイレは驚くほど整備されている。高速道路のサービスエリアや公園のトイレでさえ、掃除が行き届いているし、明るく清潔で、誰もが安心して使える環境が整っている。かつては外国人にとってハードルが高かったであろう和式トイレも今では見かけることが少なくなり、多くの場所で洋式化が進んでいる。こうした環境を当たり前のように享受している私たちにとってごく普通のことが、海外からの旅行者にとっては強い印象を残す文化の一つなのだろう。

 

そんなトイレにまつわる話で、私には忘れられない衝撃的な体験がある。

今から40年ほど前、4月からお手伝いをすることになっていた大学の先生から一本の電話がかかってきた。

 

「フィリッピン、行かない?」

 

学生たちを連れて、田舎に滞在しフィールドワークを行うという。

現地の一般家庭に一週間ホームステイするのだそうだ。あまり深く考えず、いや、むしろ面白そうと二つ返事で参加を決めた。

 

先にフィリピン入りしていた先生と学生たちに

「本当に大丈夫?」

と村に行く道中、半ば脅しのように聞かれたけれど、何とかなるだろうと軽く考えていた。実際、三日で終わってしまっている日記には、楽しそうな出来事が並んでいる。

ただ、強烈に記憶に刻まれているのが、トイレ、である。

 

「ここがトイレだよ」

と案内されたのは、家の外、小さな掘っ立て小屋だった。隣は豚小屋、絶えずブヒブヒと鳴き声がしている。

 

中をのぞくと丸く掘られた穴があり、何やら水が入った桶と縄のようなものが置かれていた。その縄は直径1.5センチくらいの太さで無造作に床(といっても外なので土の上なのだが)にころがっていた。それが何なのか見当もつかず、不思議に思いながら用を済ませた。

そして部屋に戻り、恐る恐る尋ねた。

 

「あのロープは何のためのもの?」

 

返ってきた答えは私の想像をはるかに超えるものだった。

それは、大きい方をした時に、こすりつけてお尻を拭くためのものだったのだ!まだうら若き乙女だった私はショックでひっくりかえりそうになった。

これから一週間ここで過ごすのに、と途方に暮れた。

 

少々下品な話で恐縮だがその結果、それから一週間、滞在中一度も便意をもよおすことがなかったのだ。つまり便秘になったのだ。近年、腸は第二の脳だ、と言われることがあるが、まさにその時の私の脳が腸に対して動くな、と命じていたに違いない。

「ダイエットしているの?」

と言われるくらい、だんだん食べられなくなってしまった。

 

そして帰国前、マニラのホテルに移動したとたん、緊張の糸が切れたようにおなかをこわした。これを書くにあたって調べてみたら、さすがに現在は縄を使うような習慣はないらしいが、下水管が細いためトイレットペーパーは流さず、汚物入れに捨てるというのが一般的だという。それはそれでやっぱり躊躇してしまいそうだ。

 

 

さらに約30年前に暮らしたヨーロッパでも、トイレ事情は日本とは大きく異なっていた。トイレの入り口には係の人(たいていおばさん)がいて、小銭を払わないと入れないところが多かった。お金を取るのだからさぞかし清潔なのだろうと思いきや、そうとも限らなかった。便座の蓋がないのは普通だったし、トイレットペーパーがないこともしばしばだった。だから外出先のトイレ問題には結構気を使った記憶がある。

 

私がフィリピンで経験したことは、ちょっと、特殊だけれど、その後旅をした国々でも、日本のトイレほど清潔で、安全で、快適なところはなかったように思う。

 

日常の中で見過ごしてしまいがちなちいさなこと。でも、その積み重ねが、その国の文化や価値観を物語っているのではないだろうか。見知らぬ誰かが安心して使える場所を保つということは、見えないところで誰かを思いやることでもある。

だからこそ、旅人たちは日本のトイレに感動し、そこからこの国のやさしさを感じ取るのかもしれない。

 

ようこそ、日本へ。

その一歩は、もしかしたらトイレから始まるのかもしれない。

《終わり》

 

 

 

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院カフェSHIBUYA

〒150-0001 東京都渋谷区神宮前6丁目20番10号
MIYASHITA PARK South 3階 30000
TEL:03-6450-6261/FAX:03-6450-6262
営業時間:11:00〜21:00



■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「名古屋天狼院」

〒460-0002 愛知県名古屋市中区丸の内3-5-14先
Hisaya-odori Park ZONE1
TEL:052-211-9791
営業時間:10:00〜20:00


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00



関連記事