スマホの地図が、僕を遭難させた——北鎌倉の山で出会った「神様みたいなおばあちゃん」《週刊READING LIFE Vol.360「本当は“神様”だったのかも」》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:川瀬健二(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
「今日はよい打合せだったな。」
北鎌倉のシェアオフィスで僕を待っていてくれた人は、いくつか有益なアドバイスをくれた。心地よい充実感が、僕の体を包み込んでいた。「孤独のグルメ」の五郎さんが商談を終えたような気分だった。
五月の夕方というのは、人を少しだけ無鉄砲にする。いつもなら、そのまま電車を乗り継いで帰る時間だ。だが、頬に触れた夕風があまりにも気持ちよかった。新緑の匂いがした。昼の熱気が少しだけほどけて、夜の涼しさが静かに混じり始める、あの短い時間帯の空気だ。 時計を見ると、まだ完全に日が落ちるまでには時間がある。
「たまには、ここから歩いて帰ってみようか」
そんな軽い思いつきが頭をよぎった。僕の家がある梶原の方角へ向かうには、北鎌倉から山をひとつ越えるような形になる。もちろん、知らない土地ではない。車でも、自転車でも、何度も通っている。徒歩だとしても、スマホの地図アプリがある。迷う理由など、一つもない。そう思っていた。今から考えると、この時点ですでに、現代人特有の油断が始まっていたのかもしれない。
僕はポケットからスマホを取り出して、目的地を入力する。数秒後、画面の上に青い一本線が現れた。推定時間、最短ルート、完璧だ。僕は浄智寺の脇にある細い路地へと足を踏み入れた。鎌倉らしい、風情のある静かな裏道だ。歴史あるお寺の佇まいを眺めながら、のんびりと歩を進める。ここまでは、仕事帰りの優雅な「大人の散歩」のはずだった。
ところが、十分ほど歩いた頃だった。何かがおかしい。いつの間にか、アスファルトが終わっていた。足元を見ると、湿った土と剥き出しの木の根。進むにつれて傾斜が急になり、見上げれば木々が頭上を覆っている。
「あれ? これ、もしかして……」
見上げた視線の先に、標識が目に入ってきた。そこには「葛原岡(くずはらおか)ハイキングコース」と書かれている。いや、ちょっと待ってほしい。僕は散歩をしていただけで、ハイキングを始めた覚えはない。ここで、自分の服装を説明しておこう。スーツ、ワイシャツ、ネクタイ、そして足元は本革のビジネスシューズ。山道を歩くには、これ以上ないというほど最悪のドレスコードだ。一歩進むと、滑る。革靴のソールが、湿った土の上でツルッと横滑りする。二歩目、また滑る。三歩目、もはや散歩ではない。バランスを崩しそうになる身体を必死に支えるたび、普段のビジネスシーンでは絶対に使わない筋肉が悲鳴を上げた。油断すれば、冗談抜きで谷底へと滑り落ちそうだ。
「大変な道を選んでしまった……」
五月の爽やかな夕風はどこへやら、焦りと緊張で僕の背中はじっとりと汗ばむ。スマホを見ると、青い現在地ピンが深い緑色の真ん中で孤立している。街中では「次の交差点を右」と優雅に案内してくれる地図アプリも、等高線が入り組む山に入った途端、急に頼りなくなる。ただ一本の線を、無責任に表示しているだけだ。ここで、初めて理解した。スマホの地図は、勾配までは教えてくれない。いつでも最短距離を教えてくれるが、その道を革靴で登ると死ぬほど辛いという、人間の身体側の事情までは考慮してくれない。
引き返そうかと思った。しかし問題がある。ここまで滑りながら登ってきた斜面を、革靴で下る方がよほど危険なのだ。つまり、進むしかない。道は細く険しいとはいえ、前に進む一本道しかないのだ。僕は覚悟を決め、足を滑らせないように爪先に神経を集中させながら、ひたすら泥の坂道を登り続けた。
10分、20分、どれくらい歩いただろう。時間感覚は完全に失われていた。そして突然、視界が開けた。そこは、夕暮れの広場だった。異様なほど静かだった。鳥の声も、人の気配もない。空だけが、ゆっくり紫色に変わり始めている。そこは、葛原岡神社だった。息を切らしながら、スーツ姿の中年男が山の中から這い出てくる。その異様な光景を、じっと見つめている存在がいた。
広場の中央に、おばあちゃんが立っていた。いや、正確にはリスに囲まれたおばあちゃん。一匹ではない。何匹もいる。台湾リスたちが、おばあちゃんの足元をちょこまか動き回っている。鎌倉ではよく見かける野生のリスたちだが、彼らはまるでおばあちゃんの熱心な信奉者であるかのように、その足元や肩の周りをちょこまかと動き回っている。おばあちゃんは、夕暮れの穏やかな光の中で、彼らに楽しそうに餌をあげていた。
薄暗い山の頂、神社の境内、そしてリスを従えた謎の老人。一瞬、自分が現実の世界から、古い民話かファンタジーの迷宮に迷い込んでしまったのではないかという錯覚に囚われた。おばあちゃんは、山裏から突如として現れた僕の姿を見て、持っていた餌の手を止め、目を丸くして驚いていた。それはそうだろう。こんな夕暮れ時に、ハイキングウェアでもない、ネクタイを締めたスーツ姿の男が、泥だらけの革靴で山から現れたのだから。
「あなた、そんな格好でここまで歩いてきたの?」
おばあちゃんは少し驚いた顔をしたあと、まるで迷子の子どもに声をかけるみたいな口調で話しかけてきた。僕は息を整えながら答えた。
「北鎌倉から歩こうと思って……。」
言いながら、自分でも少し恥ずかしくなった。歩こうと思って、結果、山にいる。説明としてはだいぶ弱い。
「一体どっちに帰りたいの?」
その問いかけに、僕は張り詰めていた緊張がふっと解けるのを感じながら、正直に答えた。
「梶原の方へ帰りたいんです。」
すると、おばあちゃんはその地名を聞いた瞬間、さらに目を見開いて声を上げた。
「梶原まで歩くの?」
その驚き方は、僕の選択がいかに無謀であるかを物語っていた。そしておばあちゃんは、僕が手に持っていたスマートフォンの画面と、僕がこれから進もうとしていた進行方向を交互に見比べると、はっきりした口調でこう言い放ったのだ。
「違うよ。梶原はそっちじゃない。」
細い指が、別方向を指す。僕が信じて疑わなかったルート。スマホの地図が示していた方向。それとは完全に真逆だった。
「こっち。」
僕はもう一度、スマホを見た。画面の中では、青い線が相変わらず「正解はこちらです」と主張している。一方、おばあちゃんの指差す先は、地図の上では曖昧な緑色だった。道なのかどうかも、よくわからない。僕はかなり迷った。だって、こっちはGPSである。人工衛星である。世界最高レベルの位置情報技術である。対する相手は、リスに餌をあげている山のおばあちゃんだ。比較対象として成立していない。なのに、妙に、おばあちゃんの方が正しそうに見えるのである。理由は分からない。ただ、おばあちゃんには、あまりにも迷いがなかった。
「親切にありがとうございます」
僕はお礼を言いながら、スマホをポケットにしまい、おばあちゃんが指し示した「地図にない真逆の道」へと足を踏み出してみることにした。半信半疑ではあったが、不思議と、その選択に迷いはなかった。リスたちは相変わらず、おばあちゃんの足元を走り回っている。その光景だけが、どうしても現実味に欠けていた。
最初の数分は、不安だった。木々が深く、道も細い。正直、さっきまでのルートより不穏ですらある。本当にこれで合っているのかと思い始めた頃だった。突然、視界が開けた。目の前に広がった景色を見て、僕は足を止めた。
「あ、ここは……」
そこは、鎌倉中央公園だった。見覚えがあった。以前、ランニングで通ったことがある。その瞬間、僕の脳内でバラバラだった記憶のピースが完璧に噛み合った。あの時は梶原側からアプローチしていたため気づかなかったが、この山道は、公園の美しい自然の遊歩道へとダイレクトに繋がる、地元の人しか知らない最高の近道だ。公園に入ってしまえば、もうこちらのものだ。足元は歩きやすいコンクリートや整えられた芝生になり、革靴でもしっかりと地面を踏みしめて歩くことができる。不安が希望へと変わっていく。
西の空には、五月特有の夕焼けの名残が、ゆっくりと紺色の夜空へと溶け込んでいくグラデーションが見えた。完全に暗闇が街を包み込む寸前、僕は見慣れた梶原の街並みへと滑り込み、無事に自宅のドアを開けることができた。僕は玄関で泥だらけになった革靴を脱ぎながら、深く息をついた。危なかった、本当に。
そして、その夜だった。何気なくスマホの履歴を開いて、僕は少し寒くなった。おばあちゃんに止められたルート。あのまま進んでいたら、僕は梶原とは真逆の方向に進み、長谷方面の山奥へと導かれていたはずだった。街灯ひとつない真っ暗な夜のハイキングコースを、スーツ姿に滑る革靴で、一人きりで彷徨うことになっていたのだ。あの夕暮れの山頂での出会いがなければ、僕は間違いなく悲惨な夜を迎えていたに違いない。
現代のビジネスや日常において、僕たちは「計画を立てること」「予測すること」「コントロールすること」を過剰に価値づけしている。目標を設定し、最短ルートを計算し、障害物を排除して、最も効率的なスケジュールを組む。スマートフォンの地図アプリは、効率至上主義の最たる象徴だ。しかし、人間が頭の中で計算できる未来など、この広大な世界の、ほんの数パーセントに過ぎないのではないか。人生の舵が本当に大きく切られるとき、あるいは決定的な危機から救われるとき、それは常に、自分の計算の外側からやってくる「予期せぬ偶然」によってである。
北鎌倉の夕風の心地よさに誘われて歩き出してしまったことも、革靴で山道に迷い込んでしまったことも、ただの「愚かなエラー」でしかない。しかし、そのエラーを起こさなければ、僕は夕暮れの神社で、リスを従えたあのおばあちゃんに出会うことは絶対になかった。そして、僕たちに必要な本当の智慧とは、データの中にではなく、その土地の土を踏み、そこで生きてきた人々の生きた経験(アナログな記憶)の中にこそ眠っている。スマホの人工衛星は、木々の葉の隙間から見える道は捉えられても、その道が「革靴で歩けるかどうか」という人間の体温までは計算してくれないのだ。
あのおばあちゃんは、今思い返しても、どこか現実離れした存在だった。夕闇の境内で、野生のリスたちと戯れながら、迷えるスーツ姿の男に「真逆の正解」を指し示してくれた、名もなき案内人。
仏教では、仏や菩薩が人々を救うために、その時々に最適な姿に変えて目の前に現れることを「応現(おうげん)」や「化身(けしん)」と呼ぶ。光り輝く神々しい姿で空から降りてくるものだけが、神様ではない。時に、通りすがりの人の姿をして、あるいは僕たちの傲慢な計画を木っ端微塵に粉砕し、正しい方向へと背中を押してくれる「おせっかいな誰か」の姿をして、彼らは僕たちの目の前に現れる。
そう考えてみると、あの時、僕の方向感覚を狂わせ、わざわざ険しい山道へと迷い込ませたあの五月の夕風さえも、僕をあの広場で待つおばあちゃんに出会わせるための、精巧な伏線だったのではないかと思えてくるのだ。
「本当は、あのおばあちゃんは、鎌倉の山に住む、ちょっとお茶目な“道迷いの神様”だったのかもしれない」
そんな風に人生を解釈してみると、泥だらけになった革靴も、筋肉痛で強張った足も、なんだか愛おしい勲章のように思えてくるから不思議だ。効率や計画だけに縛られた人生は、確かに安全かもしれないが、ひどく無機質で退屈だ。たまにはスマホをポケットにしまって、偶然の風に吹かれて迷子になってみるのも悪くない。そこには必ず、僕たちの小さなエゴを笑い飛ばし、本当に進むべき道を指差してくれる、温かな“神様”が待っているのだから。
次の週末、僕はまた少しだけ、いつもと違う道を歩いてみようと思っている。
≪終わり≫
❒ライタープロフィール
川瀬健二(かわせけんじ)『READING LIFE編集部ライターズ倶楽部』
1898年創業の印刷会社にて4代目社長を12年間務め、現在は取締役会長。2027年新会社設立に向け、鎌倉の寺院に住みながら仏教哲学を勉強する日々。古くから伝わる生活の智恵、エシカルな暮らし、モノや想いの記憶を次世代へ繋ぐ事業を通じて、誰もがやさしく豊かに生きていける地域社会の実現を目指して奮闘している。また「サステナビリティ × 仏教哲学 × CSV(共通価値の創造)」をテーマに、企業の存在意義を再編集する独自のアプローチに取り組んでいる。
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