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本当は”神様”だったのかも《週刊READING LIFE Vol.360「本当は“神様”だったのかも」》


 

 

 

 

*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

記事:飯田久枝(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

 

 

インスタグラムのタイムラインに、不思議な動画が流れてきた。

 

「猫が神だった頃を思い出すエジプトの音楽」というキャプションとともに、猫に向けてある旋律が流されている。いかにも神聖な音楽だ。すると猫がふと動きを止め、耳をそばだて、きょろきょろと周囲を見回しはじめるのだ。まるで、どこかで聞いたことのある懐かしい声を探しているかのように。

 

半信半疑のまま、私もうちの2匹——シンガプーラの兄妹、ウタとコト——のそばでその音楽を流してみた。

 

2匹とも、ぴたりと静止した。

 

2匹そろって背筋をピンと伸ばして座り、部屋の隅へ、天井の角へ、窓の外へと視線をめぐらせた。何かを探しているのか、それとも何かを思い出しているのか。7年間ともに暮らしてきた彼らの横顔が神聖に見えたのは、インスタに影響された私のバイアスのせいだろうか。

 

——でも、やっぱりそうなのかもしれない。

 

私はずっと、そう思ってきた。

 

古代エジプトで、猫は神として崇められていた。

 

バステトという猫の女神は、豊穣と守護を司り、家や子孫を守る神として崇められた。人々は猫を神聖な生き物として大切にし、猫を傷つけることは重罪とされた。猫が死ぬと飼い主は眉毛を剃って喪に服したという。古代ギリシアの歴史家ヘロドトスがそう記録している。ミイラにされた猫も数多く発見されており、来世での再会を信じた人間たちの想いが伝わってくる。

 

その頃の猫たちは、どんな目をしていただろう。

 

人間から神と呼ばれ、香を焚かれ、金の飾りをつけられた猫たちは——今も変わらず、私たちの部屋の高いところから、静かに見下ろしている。

 

コトはお転婆だ。7歳という猫としては大人の女性だが、まだ子猫のやんちゃさを残している。そんなコトが、気がつくとキャットタワーの頂上から私をじっと見下ろしている。部屋全体を見渡せる位置に陣取り、ただ静かに、その吸い込まれそうな目で、私を見ている。私を見ているのか、それとも、私を素通りしてもっと遠くを見ているのか。

 

ただ——見透かされている、とは思う。

 

なんとなくウキウキしているとき、なんとなく沈んでいるとき、うまく言葉にできない焦りを抱えているとき、コトはキャットタワーの上からじっとこちらを見ている。私のオーラを見ているのだろうか、とよく思う。猫は人間に見える色彩とは異なるものが見えるらしい。感情の色でも、エネルギーの揺らぎでも、なんと呼んでもいい。コトの目は、私が言葉にする前から、私の状態を知っている気がする。

 

兄のウタは、コトとは少し違う。

 

ウタはマイペースだ。気が向けばどこかへふらりと消えてしまい、どこにいるかわからないことがよくある。でも、ふと気づくといつのまにかそばにいる。じっと静かに、ただそこにいる。

 

私がソファに座るとウタがそっと隣に来る。なんの言葉も発しない。ただ隣に座り、しばらくすると、そのまま寝てしまう。それだけで、不思議と気持ちが落ち着く。

 

ウタは「寄り添う」のだ。

 

こちらが求める前に、でも押しつけがましくもなく、ちょうどいい距離で隣にいてくれる。そこに打算はなく、義務もなく、ただそうしたい時にそうしてくれる。それがどれほど贅沢で、どれほど尊いことか。

 

神様というのは、そういうものではないかと思う。ただそこにいて、見ていてくれる。何も言わずに何かを伝えてくれる。

 

動物たちは、言葉を使わずにコミュニケーションする。

 

イルカは超音波を使って仲間と連絡を取り合い、個体ごとに固有の「名前」にあたる音を持つという研究報告がある。ザトウクジラのオスは繁殖期になると「ソング」と呼ばれる独特の旋律を奏でてメスを引き寄せる。そのラブソングには流行があり、年々少しずつ変化しながら太平洋を東から西へと伝わっていくという。鳥たちは鳴き声で縄張りを示し、危険を知らせ、仲間を呼び、求愛する。言葉がなくとも、彼らの世界には豊かなコミュニケーションがある。それどころか、人間の言語をはるかに超えた精度で、感情や意図や情報を伝え合っている。

 

人間にも、かつてはそういう力があったのではないかと思う。

 

「おばあちゃんが夢に出てきたと思ったら、ちょうどその時間に亡くなっていた」——そんな話を、誰もが一度は聞いたことがあるのではないだろうか。「なんとなくザワザワして嫌な予感がしたら、本当に悪いことが起きた」「理由もなくワクワクしていたら、思いがけず良いことがあった」。言葉でも論理でもなく、体や心が先に何かを「知っている」感覚。これが、いわゆる第六感と呼ばれるものだろう。

 

日本語には「虫の知らせ」という言葉がある。虫が知らせる、つまり言語化できない何かが、体の奥からそっと教えてくれる。あれは迷信でも気のせいでもなく、人間に残った、言葉以前のコミュニケーション能力の名残ではないかと私は思っている。

 

ハーバード・メディカル・スクールの脳神経外科医エベン・アレグザンダーは、著書『マップ・オブ・ヘブン』の中で、幼い子供がお腹の中にいた頃や、それ以前の記憶を持っているという事例を紹介している。生まれたばかりの赤ちゃんは、言葉を知らない。でも何かを知っている。ところが言葉を覚え、人間社会のルールを学ぶにつれ、その「知っていたこと」は少しずつ消えていく。まるで、新しいものを習得するたびに、古い何かが上書きされていくように。

 

言語は、得ると同時に何かを失うツールなのかもしれない。

 

人間は、言語を獲得した。技術を手にした。文明を築いた。

 

それはたしかに素晴らしいことだ。医療が発達し、命が救われ、かつては想像もできなかった豊かさを手にした。でも、得るものがあれば、失うものもある。文明が高度になればなるほど、人間は自然から遠ざかってきた。コンクリートに囲まれ、画面を見つめ、スケジュールに縛られ、慌ただしく日々を過ごす。

 

そしておそらく、自然から遠ざかることは、神から遠ざかることでもある。

 

いや、遠ざかるだけではない。人間は自然を傷つけてきた。森を切り開き、川の流れを変え、海や空気を汚してきた。昨今の激しい自然災害や、山から人里へ下りてくる熊たちのことを思うとき、これは自然界からの抵抗ではないかと感じることがある。神様が怒っているのではないか、という気さえする。

 

言葉を持つことで、言葉にできないものへの感受性が鈍くなった。計画を立てることで、今この瞬間を生きる力が薄れた。過去を振り返り未来を憂えることで、「今」がすり減っていった。虫の知らせに耳を傾ける静けさを、私たちはいつの間にか失ってしまった。

 

動物たちは違う。彼らは今この瞬間に生きている。昨日の失敗を引きずらず、明日の不安を抱えず、ただ今ここにある命を、全身で生きている。自然の中にいて、自然そのものでいる。だから神聖なのだ。

 

猫が、動物の中でも特別に神に近いと感じるのは、その自由さ、万能さ、高貴さのせいだ。縛られない。媚びない。でも、冷たくない。高いところから見下ろしながら、それでも一緒にいてくれる。人間と共生しながらも、言葉以前の何かを、まだ持ち続けている。

 

あのエジプトの音楽を流したとき、ウタとコトが見回したのは何だったのだろう。

 

遠い記憶の中の神殿だったのか。砂漠の夜の星空だったのか。それとも、自分たちがかつて神と呼ばれ、香を焚かれ、崇められていた頃の残響だったのか。

 

私にはわからない。でも、彼らが確かに何かを「感じた」ことだけはわかった。私たち人間にはもう聞こえない、何かの声を。

 

ウタとコトは今日もここにいる。コトはキャットタワーの上から私を見守り、ウタはいつのまにかそっとそばにいる。気がつくと、いつも私を見つめている。7年間、ずっとそうだった。

 

この子たちは、私の守り神なのかもしれない。

 

古代エジプトの人々が猫に守護を求めたように、私もまた、知らず知らずのうちにウタとコトに守られてきたのではないか。疲れた夜にそっと寄り添うウタ。キャットタワーの上から静かに見守るコト。言葉はない。でも、確かにそこにある、温かくて揺るぎない何かがある。

 

人間が自然を傷つけ、神から遠ざかっていくこの時代に、ウタとコトはただ静かに、私のそばにいる。文明の外側にいるような澄んだ目で、私を見ている。まるで、人間が失ったものを、代わりに持ち続けてくれているかのように。

 

「本当は神様だったのかも」——そう思っていたけれど、最近は少し考えが変わってきた。

 

「だったのかも」ではなく、「今も神様なのだ」と。

 

私たち人間が文明を築き、言葉を重ね、自然から遠ざかり、そして自然を傷つけている一方で、彼らは神聖さを保ち続けている。言葉を持たない代わりに、言葉を超えた何かを知っている。文明を持たない代わりに、今この瞬間を完璧に生きている。虫の知らせを感じ、赤ちゃんが覚えていたあの感覚を、彼らはずっと手放さずにいる。

 

コトが、私を見ている。ウタが、私の隣で寝ている。

 

神様の視線に、人間はやっぱり、敵わない。

 

 

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