メディアグランプリ

手紙は不完全な方がいい


 

*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

記事:福乃 玲(ライティング・ゼミ名古屋会場)

 

「ママ、これ読んで」

 

息子は照れくさそうに、一通の手紙を差し出した。

 

私が手を伸ばすと、息子は「あっ、まだ!」と言って、手紙を引っ込めた。

 

そして、そのままリビングの方へと走っていく。

私の前を通り過ぎたかと思えば、今度は夫のところへ行き、また戻ってくる。

 

手紙を胸に抱えながら、何度も私の前を行ったり来たりしている。

 

その様子がおかしくて、「早く見せてよ」と笑う私に、息子はますます照れてしまう。

 

何度かそんなやり取りを繰り返したあと、ようやく私の手に手紙が渡された。

 

 

 

 

その翌日、私は職場の健康診断を控えていた。

 

健康診断自体は毎年受けているが、今年は四十歳を迎える年。血液検査やバリウム検査が追加される。

 

「バリウム検査はつらい」

そんな話ばかり耳にしていた私は、数日前からなんとなく落ち着かなかった。

 

前日は好きなお酒も控え、食事にも少し気を配る。

「何も見つからなければいいな」

そんな想いが頭の片隅から離れなかった。

 

夕食の席で、私は思わず弱音をこぼした。

「明日、バリウム検査嫌やなぁ。がんとか見つかったらどうしよう」

 

普段なら子どもの前では口にしないような言葉だった。

その日は、つい不安が口から出てしまった。

 

その言葉を聞いた息子は、一瞬驚いたような顔をすると、何かを思いついたように夫へ耳打ちをした。

 

そのあと私は長女と遊びながら、真剣な表情で便せんに向かう息子を横目で見ていた。

 

書いては消し、また書く。

漢字が分からないのか、一度手が止まる。

少し考えてから、またゆっくり書き始める。

普段、落ち着きなく動き回る息子は、そのときは集中していた。

 

私への手紙だということは、すぐに分かった。

それでも気付かないふりをした。

子どもなりに一生懸命考えている時間を邪魔したくなかった。

 

 

 

 

しばらくして、息子は照れながら手紙を渡してくれた。

 

封筒を開くと、一枚の便せんに文字がぎっしり並んでいる。

 

文章はたどたどしい。

 

大人が見れば、直したくなるところはいくらでもある。

 

それでも、その手紙は私にとって完璧だった。

 

そこには、「ママに元気でいてほしい」という息子の気持ちが、あふれるほど詰まっていたからだ。

 

読み終えたとき、不思議なくらい心が軽くなった。

健康診断への不安が消えたわけではない。

 

それでも、「大丈夫」と背中を押してもらえた気がした。

 

 

息子が私を心配して、一生懸命考えながら書いてくれた時間。

照れながら何度も渡そうとしては逃げていった姿。

その全てがこの一通の手紙に詰まっているような気がした。

 

完全に親馬鹿だ。

それでも私は、この手紙は一生の宝物になると思った。

 

 

 

 

 

 

実は、その少し前、私も一通の手紙を書いていた。

 

人生で初めてお会いする方で、「これからご縁を大切にしたい」と心から思えた方への手紙である。

 

失礼があってはいけない。

でも、ありきたりの文章にもしたくない。

「これからもお付き合いさせていただきたい」という気持ちを、押し付けがましくならずに伝えたい。

 

何度も下書きをし、AIにも相談した。

 

表現を変えたり、文章の順番を入れ替えたり。

おかげで、失礼のない文章になったと思う。

 

 

それでも、お渡しする直前まで迷いが消えなかった。

「本当にこれで私の想いが伝わるのだろうか」

「あつくるしくないだろうか」

「これからもご縁がつながるだろうか」

 

「きれいな文章」を書こうとするあまり、自分の気持ちではなくなってしまったのかもしれない。そんな迷いがあった。

 

 

 

 

先日、その手紙に対する返信をいただいた。

とてもうれしい返信だった。

 

そのとき、ふと気付いた。

私が手紙を渡す直前まで迷っていたのは、AIに相談したからではなかったのかもしれない。

むしろ、AIに相談しながらも、自分の言葉で何度も書き直したからこそ、最後まで迷ったのだと思った。

 

 

息子は「上手な文章」を書こうとはしていない。

ただ、「ママに元気でいてほしい」。

その一つの想いだけを胸に、一生懸命書いていた。

 

 

息子は機会があるごとに手紙を書く。

家族や友達の誕生日。

九十一歳になる私の祖母の元気がないと聞けば、「ひいおばあちゃんを元気づけたい」と、自分から文通も始めた。

 

どの手紙も文章は決して上手ではない。

誤字もあるし、漢字も間違える。

ただ、そこにあるのは「あなたのことを思っています」という真っ直ぐな気持ちだけだ。

 

 

想いを伝えたいと思うほど、「ちゃんと届くだろうか」と不安になる。

 

その迷いやためらいまで含めて、手紙には滲み出るのではないだろうか。

だから、何度書き直しても、渡す直前まで逡巡していたのだと思う。

言葉に温度を与えられるのは、最後は書き手自身なのだと思った。

 

 

そして受け取る側も、文章の巧みさ以上に、その人らしさや想いを感じ取っているのではないだろうか。

 

仕事柄、私は正確な文章を書くことを求められる。

言葉一つで意味が変わる世界だから、表現には細心の注意を払っている。

 

だからこそ、手紙くらいは、もっと素直に自分の気持ちを書いてもいいのかもしれない。

 

 

息子からの一通の手紙から、大切なことを教わった。

 

手紙は、完成品を見せるものではない。

その人の心を届けるものなのだ。

 

だから不完全でいい。

 

その不完全さの中に、その人らしさや迷い、温もりが宿るのだと思う。

 

これからも大切な相手には、手紙を書きたい。

あの日の息子のように。

想いごと、届くことを願って。

 

 

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