あの時の問いかけがあるから、今の私がいる《週刊READING LIFE Vol.364「不透明」》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:松本萌(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
若干呆れた面持ちで「ところでさ、なんで弓道を今でもやってるの?」と聞かれた。
社会人3、4年目ごろの話だ。当時の上司に「週末は何してるの?」と聞かれ「弓道をしています」と答えた。いつから弓道をやっているのかとか、いくつか質問された後で、最後に聞かれた。週末の過ごし方について、会社の人にとやかく言われたくないと思いつつ「なんででしょうね」と適当に流した。
上司の言葉にイライラしつつ、高校の部活で始めた弓道を、社会人になってから再開したのはなぜかと自分に問うてみたものの、すぐに答えが出てこない。自分のやっていることなのに、分からないなんて「私も適当だな」と苦笑いしてしまった。
人に指摘されて考えるのは癪だと思いつつ、「弓道をしよう」と決めた時のことを振り返ってみた。すると、月日が経って忘れていた当時の思いが蘇ってきて、「あぁ、今私は『一生続ける』と自分で決めて始めたことをやっているんだ」と誇らしく思えた。
上司から「なんで弓道やってるの?」という質問を受けてから、そろそろ20年が経とうとしているが、今でも弓道を続けている。20年前の質問のおかげで、ぼんやりとしていた弓道への思いが明確になったことで、今なら胸を張って弓道を続けている理由や、弓道の魅力を語ることができる。
当時は上司の言葉にムッとしたが、今では問いかけてくれたことに感謝している。
私が「弓道をする」と決めたのは中学生の時だ。
弓道をしたいと思った理由はいくつかあるが、その中でも「一生続けられることをしたい」という思いが一番にあった。
騒いだりはしゃいだりせず、どちらかというと静かなタイプだったからか、子供の頃から「自分を持っている」と言われることが多かったが、そうではなかった。
4歳上の姉の持っている物ややっていることがうらやましく思え、真似ばかりしていた。幼いころは、「いつも真似ばっかりして……」と姉に呆れられていた。仲良くしていた幼なじみがピアノを習い始めると「私もピアノを弾けるようになりたい」と親に頼み込んで、ピアノ教室に通った。習い事はピアノに留まらず、スイミングスクールや絵画教室にも通い、平日は習い事で予定がいっぱいだったが、どれも心から「やってみたい」と思ったものはなく、姉がやっているから、友達がやっているからというのが理由だった。
周囲を見渡しては「いいな、いいな」と思い、人の真似をし、だからといって本心からしたいと思っていたわけではないので楽しいとのは思えないものの、「やめたい」と言えずに続けていた。
中学生になり、高校受験を控え今後のことを考える段階になり、今までの人真似ばかりの人生を変えたいと思った。誰かがやっているからではなく、自分がやりたいと思うものを探そう。年を重ねても、シワシワのおばあちゃんになっても続けられる、やりたいことを探そう。そう決めて辿り着いたのが「弓道」だった。
弓道部のある高校に入り、3年生の6月で引退するまでの2年間、ほぼ毎日弓道をした。夏休みや冬休みだからといって部活が休みになることはなく、家族旅行に行ったり、友達とどこかに遊びに行ったりした記憶はない。大雪の中凍えながら練習をしたり、1時間以上正座しながら先輩の説教を聞かされたりと、楽しい思い出ばかりではないものの、不思議なことに「やめたい」と思ったことはなかった。的に当たらない時期が続いても、つまらないと思ったことはなかった。ただひたすら、弓道に打ち込んだ2年間だった。
引退が迫った3年生の春、急に的中率が落ちてしまった。焦って色々なことを試してみるものの、どんどん悪くなるばかりだ。それまでには選手として試合に出続けていたのに、これではインターハイ予選の選手に選ばれなくなる。
インターハイ予選前に開催された公式試合で、何とか結果を出そうともがいたが、一本も矢が的に当たらなかった。的までの距離はいつもと変わらないのに、とても遠くに的があるように感じた。2年間の頑張りに裏切られたようで、悔しいやら情けないやらで、大泣きした。
入学した大学には弓道部がなかった。「高校の時に頑張ったし、大学では1つのことに集中するのはやめて、色々なことを楽しもう」と、気になることを片っ端からした。始めてみたものの、すぐにやめてしまったものもある。時たま弓道のことが頭をよぎることもあったが、「今、興味があるもの」を全力で楽しみたいと思った。
社会人になり、社内誌に記載された部活の紹介ページを見て「あっ」となった。弓道部という文字がある。そうか、会社に弓道部があるのか。
気になりつつも、問い合わせたのは、社会人3年目になってからだ。久しぶりに弓を持ったとき、果たして引けるか不安だったが、体が覚えていたようで、すぐに弓を引くことができた。
嬉しかった。
定期的に練習をすることで、的中率も上がっていった。そんなときだ、上司に「なんで弓道を今でもやってるの?」と聞かれたのは。すぐには思い出せなかった。中学生のとき「年を重ねても、シワシワのおばあちゃんになっても続けられる、自分の『やりたいこと』を探そう」と思ったことを。
弓道を始めた経緯を思い出したとき、中学生の時に決めたことを、大人になった今、できていることに気がつき嬉しかった。自分との約束を守れていることに誇りを覚えた。
弓道の稽古は週末がメインだが、予定があったり、家でゆっくりしたくてサボることもある。それでもいい。細く長く続けて、いつかシワシワのおばあちゃんになっても「趣味は弓道なの」と言える自分でありたい。
「何となく気になる」「理由は分からないけど好き」というのも悪くないが、自分の気持ちや、あの時の熱い思いをぼんやりとした不透明なままにせず言語化することで、自分の中の「好き」を確信持ったものにすると、方向性が定まることを弓道が教えてくれた。
弓道に限らず、漠然としていることや曖昧なことをはっきりとさせることで、確信を持って動けることを、ここ数年の経験で学んでいる。その1つが結婚だ。
私が入籍したのは42歳のときだ。初婚の平均年齢が30歳前後と言われている中、42歳は遅い方だ。「理想が高いんじゃない?」「選んでるんでしょ」「結婚に興味なさそう」30代中頃まで、よく言われたものだ。
「選んでいる」と言えるほど男性から告白されたことはないし、このままでは結婚できないかもと思い、30代の頃に結婚相談所に入会したこともある。友人達が結婚し、出産し、家庭と仕事を両立する姿を横目に、平日は会社に行き、週末は好きなことをしながら過ごす私の人生は果たして幸せなのだろうかという思いに囚われた。結婚や出産したら幸せになるということではないと分かりつつ、自分の中にぽっかりと穴が空いているような寂しさを覚えた。
40歳になる手前の頃だ。もう1度婚活をしようと決めた。恋愛上手な友人にアドバイスをもらいながら行動してみたところ、何年ぶりかの彼氏ができた。
恋愛すること自体、もう無理なのではと半ば諦めていたので嬉しかった。ただ付き合う中で、望む関係性が築けないと分かり、別れた。少し経ってから再度婚活をしたら彼氏ができたが、その人とも長くは続かなかった。
自分は本当に結婚したいのだろか。そもそも私にとって、結婚とは何なのだろうか。その時になり、私の中で結婚というものがひどく漠然としたものであることに気がついた。
結婚するもしないも自由な今の時代に、なぜ私は「結婚」をしようとしているのか。多くの友人達が20代から30代にかけて結婚する中、さほど行動をしなかったのに、なぜ今私は婚活をしているのか。
世の中がクリスマスだ、お正月の準備だと浮き足立つ12月、1人で悶々と「私にとっての結婚とは」を考えた。お正月明け、答えが出た。
私にとって結婚とは「1人の人と向き合って生きていくと覚悟すること」だった。
それまでの私は、人と向き合うこと、そして素の自分を出すことを、心のどこかで抵抗を感じていた。素直な気持ちを表現するのは子供っぽい、自分の思いを素直に伝えるのは我がままだと思っていた。「それは違う」と思っても、波風立てたくなくて周囲にあわせたり、大切な場面で判断を相手に委ねることが多かった。そんな私のことを「優しい」と言う友人もいたが、優しさではなく、相手との関係性を放棄する行為だった。
本心や本音をさらさずにいて、パートナーと望む関係構築なんてできない。今までの私には、人と向き合う覚悟がなかった。だからこの年齢まで独身でいるのだということに気がついた。
これからの人生、向き合って一緒に生きて行く人を探そう。そしてその人の前では本音を語ろう。
そう決めて1カ月後に出会ったのが夫だった。
あのとき、「私にとっての結婚とは」を曖昧にしたまま過ごしていたら、今の生活はなかったかもしれない。不確実で不透明なままにしていたら、違う人生を歩んでいただろう。
そうは言いつつも、全てを明瞭にする必要はないと思っている自分もいたりする。
弓道のことも、結婚のことも、ある程度の期間と経験を積んだからこそ、自分の中ではっきりとした答えを出すことができた。
もし今、曖昧でぼんやりしたものを抱えていたとして、それをはっきりさせられなくても、悩むことはない。まだ機が熟していないだけだ。あえて時間を掛けて明らかにしていくことで、より確固としたものになる。その時を焦らずに、そして諦めずに待っていたら、自分のベストなタイミングで答えが出る。私はそう信じている。
❏ライタープロフィール
松本萌(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
兵庫県生まれ。東京都在住。
2023年6月より天狼院書店のライティング講座を受講中。
「行きたいところに行く・会いたい人に会いに行く・食べたいものを食べる」がモットー。趣味は通算20年以上続けている弓道。弓道と同じくらい、ライティングも長く続けたいと思い、奮闘中。
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