見えない優しさ《週刊READING LIFE Vol.364「不透明」》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:立野 亜美(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
「どうしてこうなるの?! 」
私の目の前に座っている上司が、社会人2年目の子を詰めている。
書類を提出しにきたのだが、どうやら不備があったらしい。
その子はえーと、と目を泳がせ、どうして、の答えを必死に探そうとしていた。
私は黙々と仕事をするフリをして、そのやりとりの行方を見守りながら
心の中では、2年目の子を応援していた。
でもその応援は、詰められていることへの同情じゃない。
この経験が、あなたを強くするはずだから、だから、負けないでね。
そんなエールを送りつつも半人前な私は、他の同僚から自分のミスを指摘されて
ヒヤリ、背中に汗をかいた。
私は、非正規雇用しか経験がない。
なので、ちゃんと「社会人」なのかと聞かれたら、実は自信がないし、
そう言うことも憚れる。
でも、とりあえず週5日、フルタイムで働いているので「半社会人」と位置づけている。
そもそも社会人ってなんか、ちゃんとしていないといけない気がしてニガテだ。
大人になっても私はジブリが好きだし、金曜ロードショーで放送があれば必ず見るし
気になった漫画は読むし、やばいは今でも口癖で出ちゃう、でもこれは直したい。
「はい、じゃあこれはこうして、あの人に聞いて、できたらまた来て」
上司の指示が一通り終わり、2年目の子がわかりました、とペコリとお辞儀して去っていく。
私だったらきっともっとひどい顔して聞いて、泣きそうになっていたな。
10歳以上も年の離れているあの子の方が、メンタル強いかも。
「この前から同じ説明してるのに……」
上司がため息交じりにつぶやく。いや、こちらの気持ちもわかる。
教えるって、エネルギーがいる。
あ、そうか、
私は半人前ではあるけれども、どちらの気持ちもわかるくらいには
ちょっとだけ成長したのかもしれない。
昔は、教えられる立場が多かった。
そして仕事をこなすこと、自分が慣れていくことで精一杯で
あまり周りのことは見えていなかった。
けれど、そんな私にも教える側になることが増えてきた。
そうなると、教えてもらうよりとても気を遣う。
この説明で伝わったかな、質問の答えにはなっていたかな
間違っていること指摘しにくいな、嫌な顔されるかも、でも言わなくちゃ。
そんな思考がグルグル巡る。
要は、ただ自分のためであって相手のためになっているかという視点が抜けているのだ。
相手のためを思えば多少言い方がキツくたって、必要なことは言ったほうがいい……
のかもしれない。
私は、メンタルがめちゃくちゃ弱い。
だからこそ、弱い自分でも働く方法が非正規雇用だった。
時代は、働き方の多様性や、パワハラ、モラハラという行為がどんどん問題視されて行って、平成の時代より私のような人間でも働きやすい環境になっている。
けれど、
やはり仕事をするのですから。
時に、自分の出来なさを指摘されることもあれば、お客様からお叱りを受けることもある。
メンタルが弱い私は、それだけでもう価値のない、何にもできない奴だと思い込んでしまう。
この仕事、というか世の中に私ができる仕事なんてあるのだろうかと
底知れぬ闇の中に落ちていく感覚だった。
特にホテル業で代表電話の仕事をしたときはキツかった。
接客としてオモテに立つことはなかったけれど、いろんな年代の人たちから様々な問い合わせが来ることに加え、周りの人も言い方がきつくて。
というより、私は派遣社員として雇われていたので、ホテル業界の知識はほぼ皆無だった。
周りからしてみたら当たり前が分かっていない、そして私は、自身の名前さえ呼ばれない。
シフト制で、一緒に働く人間が日によって変わる。
昨日、指示を受けた人が今日は休み、そして指示の通りにすると、別の人間からは違うと怒られる。
そんなことが何度もあった。
何度もあるうちに、結局どれが本当なのかわからなくなっていってしまった。
こんな環境の中でも、一人だけ、良くしてくれた先輩がいた。
契約期間満了のときに、更新の話もあったのだが私は迷いなく終了をお願いした。
辞める際に先輩から言われた
「今はカサブタみたいになっていると思うけれど、いつか鋼になるといいね」
一瞬、何の話をしているのかわからなかったが、しばらくしてそれが心のことだと気付く。
でも、その言葉は辞めたことを咎めているのかと思った。
唯一、名前を読んでくれた人だったのに、なんだか悲しかった。
仕事に自暴自棄になる日が続いたと思う。
このホテル業でのトラウマは癒えないけれど、とにかく苦手分野をなんとかしなければ、
と思っていた。
電話対応が苦手だと思えばコールセンターで修行し、
接客が苦手だと思えば接客業で修行をして、経験を積んでいった。
普通なら、自分の得意なことを活かすために仕事を見つけるものだが。
私はなぜか修行僧のように苦手なものにぶつかっては、あぁダメだ、と落ち込む日々だった。
修行が一通り終わったと思った頃、私はまた事務職に就いた。
この職場ではなにがあっても、それこそ命を脅かされるほどのモラハラやパワハラがなければやめないと心に決めて入社した。
契約社員だったけれど、これまでの修行の集大成が現れるような職場だった。
総務課に配属された私は、代表電話を繋ぎ、お客様が来られたら対応する
職員さんともそれなりのコミュニケーションがいった。
最初はあたふたしてけれど、そんな私にも辛抱強く接してくれた。
ただ1人、同じ課で苦手な人がいた。
その方から指摘されると「おっと……」とメンタルが沈み込んでいく。
私の目の前に座っているその人は、対面でも電話で誰かと話しているときも
こわいな、なんか言い方がきついな、と思うことが多かった。
同じ課にいたけれど、仕事上ではほとんど関わることがなかった。
ただ、同僚の契約社員はよくその人に確認のいる仕事をしていた。
とくにこってりと絞られた日には、もううんざり、といった顔をしていた。
私もわかる、とうなずく。
新卒の子や2年目の子なんかは毎回、来るたびになんだか萎縮して見える。
私もその方の機嫌によっては萎縮してしまう。
けれども、雑談のときは仕事の印象と違って面白かった。
いろんな情報、美味しいお店や冷凍作り置きのメニューを笑いながら話したりしたし、
お菓子をくれることもあった。
仕事では、私が電話の対応で四苦八苦しているときに
どういう内容なのかを一から聞いてくれて、関連部署へ連携してくれた。
こってり絞られていた契約社員はその仕事が落ち着いたある日、言っていた。
「大変だったけれど、システム登録するときはつきっきりで一から教えてくれて助かった」
そんな優しい面もあるけれど
なぜか見えにくくなってしまう。
どうして、そんなにも違うのだろうか。
私が今、直接仕事の指示を受けている人は優しい。
穏やかな口調だし、わからないところは何度聞いても、答えてくれる。
ほかの人たちも軽やかに話している。
絶対的な安心感、というのだろうか。
目に見える優しさは、とても分かりやすい。
だけど優しさにはいろんな種類がある、ということを大人になってわかった。
言い方がきつい人は
ただ、なんていうか、優しさがとっても、見えづらい。
不透明。
一見、突っぱねているようにみえるその人は
きちんと説明している。
どう仕事を進めたらいいか、道しるべを示してくれている。
そして出来ていないところを指摘することは
これから先、何年、何十年と仕事をしていくうえで必要なスキルだ。
もしかしたら、不透明にさせているのは私たちの方なのかもしれない。
教えられる側はまだ自分のことで精いっぱいで周りが見えていない。
だからこそ見える優しさのほうが助かる。
だって、わかりやすいから。
即効性がある。
不透明な優しさは、自分の経験値が必要になってくる。
何年か先にふとした時に
「あ、これ必要だったな」
と思う。そこではじめて、優しさに気付く。
私がもし2年目だった、らこの方の優しさは、見えていたのだろうか。
これまで修行した経験があったからこそ、この不透明さの奥の優しさが見えてきた。
不透明な優しさは、経験がないとわかりにくいのかもしれない。
ホテル業の時、優しかった先輩にもらった最後の言葉。
当時は悲しかったけれど、私はその時にその優しさを受け取れなかった。
あの時の私は自分のことで精いっぱいで、周りを見る余裕も自分を鍛えるチカラですら残っていなかった。
毎日毎日、やってもやっても積みあがっていく感覚のない仕事。
「ハケンさん」
「ねぇ、」
「あんたさ、」
と言った、所属間のないやるせなさ。
そこに親しみはない。むしろ、侮蔑があった。
こんな私は、辞めた方が周りの人のためになるのかもしれない。
それでも頑張って慣れようと思っていた。
でも、プツンと糸が切れたのは、私の心が限界だったのかもしれない。
そんな状態だったから私の心はずっと濁っていた。
だからこそ、あの時の先輩の優しさは不透明になっていた。
社会人にとって心のカサブタを鋼にしていく作業は、どうしても必要なのだ。
いつまでも、ヤバいの3文字ですべてを済ませられてしまう時代は終わったのだ。
あの時に戻りたくはないが、でもあの時の経験があったからこそ
私はメンタルを鍛えることができたと思っている。
萎縮しておどおどしている子に
「鋼の心になるとラクだよ」なんて言える立場にないので、心の中でこっそりと励ますしかできない。
あの子もいつかわかるようになるといいな、
でもそれは5年、10年先になるのかも、なんてことを思っている。
≪終わり≫
□ライタープロフィール
立野 亜美(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
新潟在住。
日々の暮らしの中で感じたことや、心が動いた瞬間を文章にしています。
好きなものは、紅茶、かき氷、カフェ巡り、手帳時間。
最近は「自分らしく生きること」や「小さな行動が人生を変える瞬間」に興味があります。
不器用ながらも、日常の中にある感情や気づきを、等身大の言葉で書いていきたいです。
お問い合わせ
■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム
■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。
■天狼院カフェSHIBUYA
〒150-0001 東京都渋谷区神宮前6丁目20番10号
MIYASHITA PARK South 3階 30000
TEL:03-6450-6261/FAX:03-6450-6262
営業時間:11:00〜21:00
■天狼院書店「京都天狼院」
〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00
■天狼院書店「名古屋天狼院」
〒460-0002 愛知県名古屋市中区丸の内3-5-14先
Hisaya-odori Park ZONE1
TEL:052-211-9791
営業時間:10:00〜20:00
■天狼院書店「福岡天狼院」
〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00







