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本棚は私の人生の履歴だった《週刊READING LIFE Vol.365「私の生存戦略 」》


 

 

 

 

 

*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

 

 

記事:立野 亜美(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

 

本屋さんに入った時の、空気が静かに流れている感じが好きだ。

たとえそれが大型ショッピングモールの一角にある本屋さんだったとしても

入った瞬間に心が穏やかになる気がする。

図書館みたいに静かにしていないといけないルールは、たぶんないと思うけれど

本が集まるところはたいてい静かな空間が広がっている。

 

まるで、雪が降った日の朝みたい。

 

雪が降り積もると、周りは静かになる。

朝起きたときの静まり返っている様が似ているな、と感じる。

 

私は、昔から本が好きだった方だと思う。

 

小さいころは絵本が好きで、毎日のように母から読み聞かせてもらっていたし、

小学生になったら図書館で本を借りることが日常だった。

 

小学校2年生の頃、40度近く熱を出して入院したことがある。

 

私は血管が細く、点滴の針が刺さらずに何度も何度も差し直さなければいけなかった。

その時の痛みはあまり覚えていないけれど、とにかく大変だった記憶はある。

 

そんな時、精神的な支えになったのは、

院内の待合室にあった、3匹のタヌキが出てくる絵本だった。

 

残念ながら大人になった私は、タヌキの絵本がどんな話だったか思い出せない。

 

けれど、あの長時間にわたる点滴の何もできなさと、40度の熱の苦しみから

私を少しでも楽しい気持ちにさせてくれたのは、間違いなく、絵本の中にいた3匹のタヌキたちだった。

 

子供の頃、今よりさらに繊細で、周りとうまく馴染めなかった私にとって

絵本の世界は唯一の拠り所でもあったし、ストーリの中に入って物語を追体験する

最高の遊びだったのかもしれない。

 

年齢が上がると、漫画は読むけれど、活字とはすこし距離ができた。

それでもドラマ化や映画化した原作の小説を読むことはたまにあった。

読んでみたいという興味もあったけれど

 

「小説を読んじゃう私、ちょっとかっこいい」

 

みたいな、誰にアピールしているのかわからない

私だけが感じている謎の優越感で読んでいた。

 

学生の頃の読書は、私にとってエンタメの一部としてたまに読むもので

好きな作品に出会うため、自分の知的好奇心を満たすため、という視点がなかった。

 

学ぶために本を読むことを始めたのは、20代に入ってから。

 

当時、片思いをしていた人が、読書家だった。

私はその人に憧れて、自己啓発などの本をたくさん読むようにした。

 

仲良くなりたい、共通の趣味をもって会話を広げたい、

その人の好きな本や小説を聞いてはすぐに買って読み

「これ面白かったです」

と会話のきっかけを必死に作ろうとしていた。

あの時の私は、今思えばかわいいような、滑稽なような。

 

ただ、しばらくして、その人に彼女が出来たときはショックだったけれど、

私のことは友達として接している感じが伝わってきていたので、

深い失恋にならずに済んだ。

 

ただ予想外だったのは、しばらく読書家のフリをして過ごしてきたおかげで

その後も本を読みたい気持ちが続いたこと。

本との距離感がグッと近くなった。

 

その時はちょうど社会へ出たばかりで、私はとにかく仕事が出来なさすぎた。

 

電話応対はではうまく説明ができなくて電話先の人を怒らせてしまう。

職場の電話が鳴るたび、緊張して心臓がばくばく鳴ったし、

静かな社内で電話をとり、私の声だけが響くことで

「あいつ下手くそだな」

と、いつも思われているのではないかと、被害妄想がどんどん膨らんでいく。

 

窓口対応も、お客様が来られるたびに、それが例えいつも取引のある業者さんで、

ただ書類に受領印を押し、渡すだけの、たったそれだけの作業であっても

口角は上がっているか、ちゃんと相手に聞こえる声量か、自分の使う敬語は

おかしくないか、をたくさん気にして、結果、小さく縮こまってしまい

業者の人から怪訝な目で見られてしまう。

 

このままではダメだ、うまくなるようにしなければ。

 

だから私はマニュアルになるようなビジネス本を買っては読み、できなければ

またすぐ別の本を買い求めた。正解探しがずっと終わらない。

 

生きづらい今を変えたい。

早く理想の生活ができるようにしたい。

 

私の本棚には、

「人生が変わる」

「すぐに夢が叶う」

「理想の自分のなれる」

そんなキャッチ―なタイトルの、夢を叶える方法にあふれた本たちもたくさん並んでいた。

 

本は、実践することに意味がある。

だけれどすぐに結果は得られない。

 

私は読んでも変わっていかない自分に

どうせ私はダメなんだ、と思い込むようになった。

 

ネガティブで繊細で人見知りで人生がめっちゃ生きづらくて、

仕事もプライベートもすべてうまくいってない私だから、できないのだと。

 

足りないところを早く埋めていかないと、この先の人生

とてもじゃないけれど生きてゆけない。

でも、足りないところはどんどん出てくる。

 

どうしたらいいか、自分でもわからなくなっていった。

 

そんなある日、本屋さんでよく

「人生を良くしたいなら片付け」

という言葉を見るようになった。

私はピンときて、これだ‼ とすぐに飛びつく。

 

私の部屋の学習机には大量の漫画本や使っていないノートが置かれ、椅子はカバン置きになっていた。

ベッドで寝るには一回服の山を移動させなければならない。

床に散らばっているのは化粧品とペットボトルの山。

 

学生時代、親からついた私の部屋の名前は

“足の踏み場のない部屋”

 

さすがに飲み終えたペットボトルの山が52本溜まった時は危機感を感じ、

これからはこんなに貯めないと誓ったうえで、

ボウリングのピンの形に整えて友人に写真を送ってから捨てた。

 

部屋掃除が致命的にできなかった私は、ここが足りてなかったのだと

パズルの最後のピースを見つけた気分になっていた。

 

有名なベストセラーにもなった片付けの本を買い、すぐに読み終えた。

そしてどんどん、部屋にある不要なものを捨てて悦に浸った。

 

「やればできるじゃん、スッキリした部屋、最高‼」

 

最初は、これでいい方向に向かうと信じていた。

これで私の運気も良いほうに変わるし、嫌な仕事を辞めて好きなことにチャレンジしていくことができるかもしれない。

 

本の中には片付けによって人生が変わっている人たちが描かれていた。

 

けれど、私は変わらず不足を抱えたままだった。

 

この人の本が合わないのかも、まだまだ物が多いのかも

これも、あれも、と捨てていくうちに残ったのは

 

なにもない、殺風景な部屋。

 

本は私に部屋を綺麗にする方法は教えてくれたけれど

これでいいのかな?

 

結局、私は何が欲しかったんだっけ?

 

 

足りないものを補えば人生良くなると思っていたのに、

むしろどんどん、足りなくなっていく。

 

私は、外側のものばかりみていた。

本に書いてあることをただやっていても

そこに私の意志がなければなんにもならないのだ。

 

疲れたな。

私は、そこで少しまた、読書と距離を置くことにした。

がらんとした部屋で、本を読むことを辞めた私は

ただスマホでYouTubeを見ながら時間を消費する日が続いた。

 

足りない私を埋めたかったから、ずっと本を読んでいた。

不足を補おうとすると、不足がさらに生じてしまう。

 

そうか。

そもそも“完璧な人間なんていない”のだから。

 

ここへきて私はようやく、何年か前に読んだ

繊細さん向けの本にあった言葉を思い返していた。

不足ばっかり考えていた私に、ようやく本が浸透していく。

 

婚活を始めたときは、婚活に関する本を読んでいた。

でもそれは、私の足りなさを埋めるためじゃない。

相手の気持ちを考える方法を学び、実践するためだ。

相手に選んでもらえる自分になること、そして、私も相手を選ぶ目や知識を

持つために読んだ。

 

本は私の足りない部分をより目立たせるためのものじゃない。

補うもの、応援してくれるもの、痛みを和らげてくれるもの。

 

不足を補おうとして読んでいたとき、

興味が湧いたものはたくさんあった。

けれどその時の本は、当時の私には受け入れる器がなかったのかもしれない。

 

取りこぼした本がたくさんあると思う。

 

本も情報だ。

鮮度がある。

一度過ぎてしまったものは

私の人生に必要なかったのかもしれない。

 

例えば、病院で読んだタヌキの絵本。

入院しているときはずっと持っていないと不安なほどだったのに

退院したあとは、欲しいとも思わなかった。

 

タヌキの役目はそこで終わりだったのだ。

 

私は、不足ばかりで本を選んでいたけれど、裏を返せば安心したかったのかもしれない。

今までの行動はどれも安心するためのものだった。

 

私は、生きていくために、安心したかったのだ。

 

安心したいと思いながらその行動は、とても安心できるものではなくて。

自分で不安を煽っているようだったな、と今では感じる。

 

ふとYouTubeのオススメに流れてきた、有名な女性小説家さんの本。

 

その方は私が大好きな芸人さんと交流が深く、帯にコメントも書いていた。

 

そういえば今まで自己啓発ばかりで小説は読んでいなかった。

だから、読んでみようと思ったのだ。

久しぶりに本への興味が湧いた。

また、外側からだけれど、

私のいいところは、外側からもらった興味をすぐに実行できるところだと思う。

そこだけは誇っている。

 

読んで、衝撃を受けた。

こんなに繊細に、心の機微を書いてしまうのか。

心がえぐられる、そんなパンチ力もあった。

 

私は彼女の虜になった。

 

特に直木賞を受賞した3部作にもわたる超大作は、

読んでいる最中、その話の中にどっぷり浸かって

なぜかわからないけれど泣けてきた。

 

頭が理解する前に文章を追っている

ページを捲る手がとまらない

心の落ち着く暇がない

私は主人公になっていた。

 

夜中、一気に本を読み終えたわたしは

自分の部屋で、しばし壁に向かって呆然とした。

 

そして、号泣した。

 

感動する話ではなかった。

読み終わって泣くと思っていなかった。

正直言うと、頭では理解しきれていないところも多い。

 

でも、感情が先に私の脳を飛び越えて、反応としてやってきた。

「あぁ、これは、どうしようもない」

絶望じゃなく、希望だけが残っていた。

でも、朝日が昇ってくるような希望じゃない、泥水の中の水が奇跡的に綺麗で澄んでいる、みたいな希望だった。

 

「やるか」

 

なんにもなくなった部屋でつぶやく。

私は、主人公と同化しすぎた。

空想して入り込んでしまうこのクセは、大人になると自分を苦しめる時がある。

 

だけど、だからこそ、私は再生できそうな気がした。

 

がらんとした殺風景な部屋。

リスタートするにはちょうどいい。

 

そこからの私は、本との付き合い方がガラリと変わった。

 

今では本と適正な距離感を保っている。

今の私に必要だから、という理由で本を買う。

自分の本棚には今はもう、夢を叶えるみたいなキャッチ―なものは、ない。

 

あの時はその本たちが必要だったけれど

今は必要なくなったんだ。

 

私は、生き抜くために本を買っている。

でもそれは、自分を否定するものではない。

 

未来の私を創るために、私は今日も本を読む。

 

≪終わり≫

 

 

□ライタープロフィール

立野 亜美(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

新潟在住。
日々の暮らしの中で感じたことや、心が動いた瞬間を文章にしています。

好きなものは、紅茶、かき氷、カフェ巡り、手帳時間。
最近は「自分らしく生きること」や「小さな行動が人生を変える瞬間」に興味があります。

不器用ながらも、日常の中にある感情や気づきを、等身大の言葉で書いていきたいです。

 

 

 

 

 

 

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